戦が終わり、女の一日が始まる
12時30分
「まだ終わらないのね」
シリがつぶやく。
早朝から始まった争いは、昼を過ぎてもなお続いていた。
兵達は頑張っているのだろう。
レーク城内で、シリは脇目も降らずに動いていた。
青い顔をして働いているシリを、エマは心配そうに見つめた。
「シリ様、少しお休みください」
「あぁ。エマ、私に仕事をさせて。仕事をしている間は考えなくてすむの。
休むとありとあらゆることを想像するのよ」
「お休みください」
エマは譲らなかった。
心を落ち着かせる薬湯湯を出してくれた。
カモミールティーだった。
昨年の夏にカモミールをエマが摘んでいた。
あの時、妊娠中でつわりが辛かった。
カモミールティーは安眠、リラックスだけではなく、胃腸の不調にも良い。
『少しでもシリのつわりが楽になれば』
エマが一生懸命摘んでくれたカモミールティーは一口も飲めなかった。
何も食べれなくて辛かった思い出が、
夫が命をかけて戦っている今は平和だった思い出になる。
ーーあの時の苦しさは、幸せの中にあった。
・・・今は、それすらも愛おしい。
当時、お腹にいたウイは子供部屋で寝ている。
シリのために青りんごをとってくれたグユウは、すぐそこの戦場にいる。
ティーカップをソーサーに戻す手が震える。
シリは胸の前で両手を握り合わせた。
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13時
「近づいてきておる」
ゼンシの声に驚きと焦りの色が出てきた。
本陣の後方にいたゼンシは、椅子に座っていられなくなった。
剣を持ったグユウが、ゼンシのすぐそばに迫ってきた。
ミンスタ領の家臣達も慌てていた。
こうなる事を予想して、家臣達を13段にして陣を作った。
グユウは今11段まで来ていた。
顔の表情が見えるほどの距離にいる。
恵まれた身体に筋力、普段は淡々と凪いでいた黒い瞳が闘争心で燃えている。
領主自らが敵の本拠に突っ込む。
無謀だ。
こんな争い方は、自分の命を捨てに行く様なものだ。
グユウの年齢は・・・
「25歳か。若い、青いな」
ゼンシはつぶやいた。
自分もそんな時があったことを思い出した。
若いからこそ、がむしゃらに突き進む時がある。
そして、グユウと共に行動していた時のことを思い出した。
領境の宿でも、ミヤビに行った時も、接待のつもりで夜伽の侍女を提供した。
その誘いを、グユウは『翌朝に鍛錬があるから』と断っていた。
酒も飲まず、女も抱かずに、
朝早くから剣を片手に鍛錬をしていた義弟 グユウ。
敵ではなく、味方だったらさぞかし頼もしい騎士だったろう。
「さすが義弟」
ゼンシは誰に話すでもなく独り言をつぶやいた。
大事な妹・・・シリを嫁がせても良いと思った領主はグユウが初めてだった。
小領のワスト領。
領力も兵士の数も少ない。
開戦2時間で勝負の決着がつくと思っていた。
9時間経っても決着がつかない。
・・・むしろ、ミンスタ領の方が押されている。
家臣全員が死に物狂いでこちらにむかっていた。
鬼気迫るグユウの顔が、どんどん近づいてきている。
ゼンシは、いつでも剣を取り出せるように手元に引き寄せた。
その時だった。
「ジュン殿が応戦にきます」
兵が報告をしにきた。
西領のジュンの軍隊がこちらにむかってくる。
どうやら、シズル領を倒し、こちらに応戦してきたようだ。
ゼンシはホッとため息をついた。
前からミンスタ領、横からは西領が応戦すればワスト領は壊滅的だ。
危ないところを切り抜けた。
「天は我らを味方にした」
ゼンシはつぶやいた。
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13時15分
オーエンはグユウのそばに寄り添っていた。
身体中、無数の切り傷があるが何とか無事だ。
それは様々な偶然が積み重なった幸運に過ぎない。
ミンスタ領は銃も豊富にある。
自分達を狙っているのがわかる。
何度も弾が顔を掠めた。
左横の方から兵士達が押し寄せてきているのが見えた。
白地に紺色、リーフの旗印、西領だ。
ーーシズル領と戦っていたはずなのに、応戦に来たということは・・・
シズル領が負けた。
オーエンは声を張り上げる。
「グユウ様、戻りしましょう!!横から西領が攻めてきています」
グユウはゼンシの顔しか見ていない。
「グユウ様!!!ここは危険です!」
オーエンが馬を寄せて、グユウの進路を防ぐ。
「あと少し・・・」
グユウは悔しげに目を細める。
「グユ・・・!!」
その瞬間、敵が放った矢がオーエンの左腕を貫いた。
燃えるような痛みでゆがんだオーエンの顔を見て、グユウの高まりは落ち着いた。
「シリ様が・・・待っています」
オーエンが苦しげに話した。
グユウは周囲を見渡し、後方にいる家臣達に指示をした。
「倒すことだけが戦じゃない。生かすための撤退だ」
悔しげにつぶやく。
「これより全軍、ミンスタ領を抑えながらレーク城に撤退する!」
グユウの掛け声で敗戦が決まった。
「悔しいが・・・オレには、守る者がいる」
ワスト領の家臣達はレーク城に撤退した。
ワスト領、シズル領は敗北。
ミンスタ領、西領の勝利となった。
こうして10時間に渡る争いは終わりを告げた。
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14時15分
レーク城にいるシリとジムの元に伝令がきた。
「負けました。レーク城内に撤退します」
ジムがうなづいた。
シリは頭が真っ白になった。
勝てないことはわかっていた。
けれど、籠城で時間稼ぎをしようと考えていた。
ただ予想外の出来事があった。
レーク城内には家を失くした領民達が多数避難している。
ワスト領、シズル領の家臣、領民の人数を考えると、城内にある食料が持たない。
籠城を続けることは困難だ。
そこにゼンシが攻撃をしたら目も当てられなくなる。
シリは途方に暮れた。
ーー負けた・・・籠城もできない・・・この先、どうすれば・・・。
呆然と立ち尽くすシリにジムが落ち着いた声で話す。
「シリ様、怪我人の手当ての準備をしましょう」
「・・・そうね」
夢から覚めたように声を取り戻す。
エマが近づく。
「シリ様、厨房は準備が整っています。食事の準備をしましょう」
エマがテキパキと話す。
忠実な2人の顔を見て、シリは正気を取り戻した。
ーー先のことは考えずに、目の前の事を・・・やるべき事を一つ一つ片付けよう。
瞳に力が宿った。
「疲れた皆を迎えましょう」
次回ーー
血に染まった軍服で帰還したグユウ。
だが、重臣が一人消えた。
そして――明朝、城攻めが始まる。
シリは震える足を押さえ、子らを守ると誓った。
明日の17時20分 負けた…城攻めが始まる




