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夫にお願い 兄を殺してください

長い1日が終え夜になった。


開け放した寝室の窓からは、心地よい風が吹いている。


部屋の床は静かな銀色の冷たい月の光を浴びていた。


グユウが寝室に入ってきた。


「シリ」

グユウがはっきりとした口調で声をかけた。


その口調は領主としての強い決意を感じた。


シリは覚悟を決めながら、グユウの顔を見つめる。


「明日の早朝に川のほとりで対戦することにした」


怒りに滲むグユウの瞳の奥には、民を想う切実な憤りが見えた。


もはや籠城は限界。


避難民が増え、食糧も逼迫していた。


ーー覚悟はしていたけれど。


シリは自分の胸を刺されたような鋭い痛みを感じた。


「わかりました」

気丈に答える。


「このまま城に籠っていたら、ゼンシは次々と領民の家を焼き払うだろう」

グユウの声に怒りと悔しさが籠る。


シリは悔しそうにうなづいた。


「もう、野戦は・・・避けられないのですね」

シリは乾いた声でつぶやく。


「あぁ」


シリはグユウの顔をじっと見つめた。


「兄が生きている限り、ミンスタ領は争いをやめません。この争い・・・目指すのは兄の首」


星のような目から強い光が出ていた。


グユウは魅入るようにシリの顔を見つめる。


「グユウさん、兄を殺してください」

シリは強く言い放った。


グユウは、シリの右頬に手を添えた。


鍛錬で鍛え上げた手のひらはゴツゴツして硬い。


「シリ、わかった。ゼンシを・・・殺す」


「はい」

シリはグユウの瞳を見つめた。


グユウはシリを抱きしめた。


月光を透かして、その瞳はシリの瞳を見つめた。


胸の中にいるシリは、少し瞳を和らげてグユウを見上げた。


「グユウさん、私を未亡人にしたら承知しませんよ」


何も返事をしないグユウを見つめる。


グユウは吸い込まれたようにシリに唇を重ねた。


熱いのに穏やかで・・・。


わずかな時間なのに時が止まる。


静かなのに心臓の音は高鳴る。


唇を離すと、吐息を吐き出して強く抱きついたシリをグユウは抱きしめ返した。


再び唇を奪いながら、ベットにもつれこむ。


グユウは、ぎこちなくシリの胸元のボタンを外していく。


陶器のように真っ白なシリの胸もとが見えてくる。


急にグユウの指の動きが止まった。


シリの首に、少し盛り上がった傷跡がはっきりと見えたからだ。


それは離婚協議の時に、シリ自らが傷つけたものだった。


この夜、初めてシリは自ら包帯を解いた。

それは、傷をさらす覚悟と、この命を託す証だった。



傷口は乾いて治癒していたけれど、白く美しい首に傷跡は残った。


「この傷・・・」

グユウが傷跡をそっと撫でる。


「すまない。苦労をかけた」

グユウは切なげにつぶやく。


グユウが話す“苦労“は傷跡を指すものではない。


離婚協議で無理をさせたこと、

生家と争うこと、

籠城のために翻弄していること、

望まない争いを始めること、

不安な思いをさせていること、


全てに対しての事だった。


「この傷がなかったら・・・今、グユウさんと一緒にいません」

月光の中でシリは静かに微笑んだ。


「どんな状況でも・・・私はグユウさんと一緒にいます」

静かな・・・けれど、強い眼差しだった。


「シリ・・・必ず戻ってくる」

それ以上、何も言わず、ただ強く抱きしめた。


その腕に込められた言葉のすべてを、シリは感じていた


「待っています」


グユウはシリの傷跡にそっと唇を寄せた。


争い前の・・・月が美しい夜だった。


次回ーー

午前3時、レーク城。

紺の軍服をまとったグユウと、彼を見送るシリ。

言葉はいらなかった。ただ強く抱き合い、互いの決意を確かめる。


「目指すはゼンシの首――」

ホールに響く声に、兵たちの鬨の声が重なる。

凪いだ瞳に燃える闘志。グユウは出陣していった。

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