城下に燃ゆる灯
シリは2階の西側の部屋から戦況を見つめていた。
戦が始まって数時間。
ワスト領の兵は城に籠ったまま、敵軍に対して動きを見せていなかった。
ーーもっと時間が稼げればいい。
ミンスタ軍は二万五千。
ワストとシズルを合わせても一万三千。倍近い兵力差がある。
だが、遠征で彼らの補給は限られているはず。
戦わずして撤退する――その可能性に、かすかな望みをかけていた。
けれど、それは甘い願いだった。
◇◇
ミンスタ軍 本陣。
「まだ動かぬか・・・」
ゼンシが苛立ちを隠さず、紅茶を無造作に飲み干した。
「レーク城は山上の堅城。無理に攻めるのは得策ではありません」
ゴロクが静かに言う。
「しかも、補給の難しい地形です」
キヨも眉を寄せる。
ゼンシはしばし黙り、そしてあっけらかんとした口調で言い放った。
「ならば――城下町を焼こう。町に火をつけて追い出せ」
誰も逆らえなかった。
「グユウを、城から引きずり出して殺す。それだけのことだ」
ゼンシの命令に皆が頭を下げた。
◇◇
「城下町が燃やされています!!」
見張り塔にいたカツイが悲壮な声で報告をした。
西の空に、黒煙が上がっている。
ミンスタ軍が放火したのは、城下の民家。
領民の暮らす家々が次々に火に包まれ、人々は泣き叫びながら逃げてくる。
「・・・なんてことを・・・!」
グユウの命で城門が開かれ、避難してきた民が続々と中へ入ってくる。
老いた者、泣きじゃくる子ども、傷ついた兵。
ホールには怪我人が溢れ、女中たちは声を上げて走り回った。
シリは自ら動いた。
厨房に指示を出し、布と水を用意し、薬草係の女中たちをまとめた。
「許せない・・・罪もない人を、どうして・・・」
シリの目に怒りが宿る。
幼い頃から守られて育ったミンスタ領。
だが、いまその軍が、自分の夫と民を焼いている。
兄ゼンシ――その冷酷さに、吐き気を覚えた。
シリは唇を噛んだ。
ゼンシが城下町を焼いたのは挑発だ。
いくらゼンシの元で育ったとは言え、シリは争いを知らない22歳。
盗み聞き、隠れて本を読んだ知識しかない。
百戦錬磨のゼンシに敵わないことを実感した。
シリは布を結び直し、ホールの中心へと歩み出た。
その背には、もはや迷いはなかった。
「私たちが動かなければ、誰がこの人たちを守るの?」
シリは足を止めていた侍女たちに、静かに言った。
今年もよろしくお願いします。
次回ーー
夜風が吹き抜ける寝室。
月光に照らされ、シリとグユウは最後の夜を迎えていた。
明朝――野戦。
籠城の限界を悟ったグユウは、ついに決戦を選ぶ。
「兄を殺してください」
シリの決意に、グユウは静かに頷いた。
唇を重ね、互いの想いを確かめ合う二人。
首筋の傷跡に触れながら、誓うのはただ一つ。
明日の17時20分 復讐の鬼 血で染まる争い




