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戦を迎える城、決別の名を呼ぶ夜


7月 シリの生家 ミンスタ領との争いの日が迫っていた。


ーーあと3日で、この城が戦火に包まれる。


誰もがそう感じていた。


「終わったわ・・・!」

喜びと疲れ、安堵が入り混じった声でシリがつぶやく。


ワスト領では無謀とも言える籠城の準備を15日間で終わらすことができた。


木の伐採が終わり、鶏舎が建てられた。


空いている土地は耕され、籠城の必需品である水を3箇所から引くことができた。

地下の食糧庫は保存食で埋まりつつある。


「皆、よく頑張ってくれた。感謝する」

グユウが優しく話す。


作業が一通り終わっても、シリは焦っていた。


もっと、もっと備えなければいけない。


言いようがない焦りを感じていた。


籠城の支度を終えた男性陣は、今度は戦に備えて本格的な準備を始めていた。


女性陣も忙しかった。


シリは侍女・女中を集めて戦の準備を指示していた。


A 日常の業務を行う→ 少ない人数でいつもの業務を行う

B 畑の手入れ→ ルッコラ、とうもろこし、豆類などを植える

C 保存食作り→ 湖でとれた魚を塩漬けにする 野菜の加工

D 包帯、ベット、薬剤の補充→ 裁縫が得意な女中たちで固められた


やるべき事は尽きなかったが、女性陣は頑張ってくれていた。


シリとグユウにとって、子供部屋に行くことが唯一の息抜きだった。


3歳になったシンは、グユウの真似をして棒を振り回し剣技の真似事をしている。


4月に産まれたばかりのウイの瞳は群青色だった。


「夜明けの空の色のよう」

シリは何度も口にした。


その妹を可愛がりたくて、金色の髪を揺らしたユウが息をこらして妹を見つめていた。


兄弟とはいえ3人は全く似てなかった。

それは3人とも両親が違うからだ。


側から見ると、子供ながらユウの美しさは際立っていた。


子供達の顔を見守るグユウの顔は、どこまでも優しい。


戦が始まれば、子供達の暮らしにも影響が出るだろう。


ーーこの小さな手を、絶対に戦の火から守りたい。


そう思うたび、胸が締めつけられた。


早送りをするように日々は過ぎ、いよいよ戦の2日前になった。


かつてグユウと共に戦った盟友、

トナカが率いるシズル領の兵士達が、レーク城に到着した。


「グユウ!シリ!」

そばかすだらけの顔をほころばせて、トナカが2人の元に駆け寄る。


3人は再会の喜び、そして、お互いの感謝の気持ちを込めて抱き合った。


「シリ、無理をさせた」

トナカは、シリの顔を見上げながら言葉を詰まらす。


シリは黙って微笑んだ。


シリがミンスタ領に戻らず、レーク城に残る。


それは誰もが予想もしない出来事だった。


離婚協議の武勇伝は風の噂で聞いた。


圧倒的な武力を誇るミンスタ領に、立ち向かった小領ワスト領の后。


シリの行動はトナカの胸に響いた。


トナカはシリの顔を見つめながらつぶやく。


「聡明で・・・美人」


その後、ふっと微笑みグユウを見つめた。


「そして、気が強い。グユウ、すごい妃だな」


「あぁ。オレより勇ましい」

グユウがボソリとつぶやいた。


3人は声をあげて笑った。


トナカは大量の塩を持ってきた。


これは、とても助かるものだった。



そして・・・


ゼンシ率いるミンスタ領の兵士たちが、野太い声を上げながら、ワスト領に侵入してきた。


その中には、見慣れた紋章を掲げた西領の軍――ジュンの姿もあった。


「・・・ジュン殿まで」

シリの唇が、わずかに震える。


レーク城の城壁から、二人はその様子を見下ろしていた。


レーク城は小高い山の上に建ち、兵の動きがはっきりと見える。


大地が揺れるほどの軍列。槍の森。旗印の波。


その威容を前に、グユウは小さく息を呑んだ。


「・・・ものすごい兵士たちだ」


「ええ。二万五千。対するこちらは、シズル領とワスト領を合わせて一万三千。およそ倍の兵力差があります」

シリが静かに話す。


「兄上は籠城ではなく、野戦に持ち込みたいのだろうな」


「そうでしょう。短期決戦で勝負を決めたいのです。あなたを討てば、一気に終わらせられる」


シリはぎゅっと拳を握りしめた。


「籠城に持ち込み、長引かせる。それが唯一、勝ち目を見いだせる道です」

シリが声の声は強くなる。


「二万五千の兵を長く養うのは、簡単ではない。ゼンシ様が撤退する可能性に賭けるのか」


「賭けではありません。生き延びるための、私たちの“選択”です」


言いながら、シリはふとグユウの横顔を見つめた。


「・・・グユウさん、あなたは・・・まだ、兄を“ゼンシ様”と呼ぶのですね」


グユウははっとしたように目を逸らした。


「・・・ああ、つい」


「もう、やめてください」


シリの声が低く、静かに、けれどはっきりと響いた。


「争いが始まった今、私は兄を兄上と呼びません。

あなたも、“ゼンシ”と呼んでください。でなければ、心の剣は抜けません」


その声に、グユウは目を伏せた。


「ゼンシ・・・そうか、オレたちはもう、帰れない場所に来たんだな」


苦しげに呟く。


「そう、ゼンシです」


シリもまた、唾を飲み込みながら言い聞かせるように繰り返す。


沈黙が流れる。


けれど、次の瞬間、シリはそっとグユウの手を取った。


「私たちは、生き抜かなければなりません。・・・きっと乗り越えられる」


「・・・ああ」


二人の手が強く結ばれる。


その力は、言葉よりもはるかに雄弁だった。

次回ーー


西の空に黒煙が立ち上る。城下町が炎に包まれ、避難してくる老若男女――。

籠城の静寂は破られ、ホールは怪我人と悲鳴で満ちる。

シリはただ見ているだけではいられなかった。

民を守るため、そして家族のため――シリは動き出す。


明日の17時20分 街を放火 徹底抗戦するしかない

良い年をお迎えください。


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