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戦場に行かないでとはいえなくて

リネン室へと続く廊下は、日中の喧噪が嘘のように静まり返っていた。

石の壁に月の光が射し込み、時間の流れが止まったようだった。


「こんな場所で大事な話って・・・」

サムが切り出す。


「グユウ様の前では話せない」

そんな声が聞こえた。


天井近くにある細い窓から、大きな丸い月がシリを柔らかく照らしてくれた。


「今回の戦に私は行きません」

ジムが静かに切り出した。


一同、息を呑む。


「なんと・・・」

ジェームズの声は動揺していた。


「グユウ様の指示です。私はこの城に残ります」

ジムが淡々と話す。


「ジムがいないのか・・・」

チャーリーがため息をつく。


「そこで重臣の皆にお願いしたい。グユウ様を守って頂きたい」

ジムが真剣な声で話す。


「言われなくても・・・そんな事は」

当たり前だろと言わんばかりにオーエンが話す。


シリも、声こそ出さないけれど同じ事を思っていた。


重臣が領主を守る。


普通の事だ。


リネン室で話すようなことではない。


「オーエンはグユウ様の戦い方を知らない」

ロイが話す。


オーエンは、マサキの家臣なのでグユウと共に戦った経験がない。


「グユウ様は争いの時に最前列で戦います」

ジムが淡々と話す。


「最前列・・・なぜ領主が・・・」

オーエンが信じられないと言う声音でつぶやく。


シリも思わず息を呑む。


「グユウ様は争いにおいて、自分が先頭に立ちます。

家臣を守る気概で戦う。自分の事は二の次です」

ジムは苦しそうに話す。


他の重臣達もうなずく。


「止めようとしたことは・・・」

オーエンが質問すると、他の重臣達は首を振った。


「無茶をするグユウ様を止めるのが私の役目でした。

私が不在の分、重臣一丸になってグユウ様を守って頂きたい」

ジムが話した後、リネン室には深い沈黙が流れた。


――まるで、城全体が、じっと息をひそめているようだった。


「承知」

オーエンをはじめ、重臣達が重く受け止めた。


その後、皆が無言でリネン室から出て行った。


1人取り残されたシリは呆然とした。


シリの父も兄も戦いの時は、いつも後方にいた。


争いの最前列は危険が伴う。

領民や家臣が行うものだと思っていた。


でも、それは大きく豊かな領主が行うことだった。


ワスト領のような小さな領では・・・領主が家臣に見本を示すのだろう。


この時、シリはグユウの身体にある無数の切り傷を思い出した。


傷について質問をすると、『オレが未熟だからだ』とグユウはつぶやいていた。


思えばグユウは、いつでも鍛錬をしている。


領主というより戦士に近い感覚なのだろう。


シリは突然、激しい不安に襲われた。


ーー戦が始まれば、グユウが傷つき死んでしまうかもしれない。


「おお・・・」

急にシリは絞り出すような声を出した。


「グユウさんは最前列で戦うわ。戦うとしたら私は耐えられない」

シリは震えた声で独り言をつぶやいた。


消えたロウソクを片手にリネン室を飛び出し、駆け足で寝室へむかった。


寝室のドアを開けると、グユウが本を読んでいた。


月明かりの中で佇むグユウは、白い光を浴びて灰色に見えた。


血相をかけたシリの姿を見て、長いまつ毛に縁取られた黒い瞳が見開く。


「シリ、どうした?」


シリは無言でグユウに抱きつき、その肩に顔をすり寄せた。


燃えるような不安が、彼の胸に飛び込むことでようやく静まるような気がしていた。


突然の抱擁にグユウは戸惑っている。


「シリ、どうした?」

再び聞く。


優しい音色だった。


ーー言えない。


最前列で戦わないでと言えるはずもない。


領主としてのグユウの気持ちを考えると、

領の内情を知らないシリが意見を言うのは間違っている。


無言で抱きついているシリに、グユウは恐る恐る腕を回す。


「何かあったのか?」

シリは無言で首を振る。


2人はしばらく無言で抱き合う。


「シリ・・・」

グユウがシリを優しく見つめる。


ーーあぁ、この瞳・・・。


大変な状況なのに。


いつも、自分を労り、優しく見つめ返してくれる深い黒い瞳。


今はシリを緊張させて・・・そして落ち着かせてくれた。


シリは無言でグユウを見つめた。


グユウの端正な顔が近づいてきた。







月光が寝室を優しく照らしていた。


動きを止めてからも、シリはグユウに身体をすり寄せる。


めまいに似た恍惚感で視点が合わなくなる


「グユウさん・・・」

手をそっとグユウの手に滑りこませてかたく握った。


「どうした」


「必ず帰ってきてください」

シリが泣きだしそうな顔でつぶやく。


グユウは少し驚いた顔をした後に、口元が微笑んだような気がする。


「シリの元に必ず帰る」

シリをじっと見つめながら優しく話す。


「約束ですよ」


「あぁ」


グユウの返事を聞いた後に、シリは意識を手放した。


グユウさんは約束を破らない。


そう思いながらも不安は尽きなかった。

次回ーー

七月、迫る戦火の気配。

絶望的な兵力差の前で、シリは夫の手を取る。

「私たちは、きっと乗り越えられる」

その誓いだけが希望だった。



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