オレに何かあったら…妻を頼む
家臣会議の後に重臣会議が行われた。
「A B C Dに班分けして作業分担をするの」
シリが重臣達に説明した。
明日から始まる、籠城の準備の具体的な打ち合わせだ。
「班分け・・・皆で一気に作業を終わらせた方が良いのでは?」
オーエンが口に出す。
「15日で籠城の準備をするなら、分担作業をしないと終わりません」
シリが説明をする。
A 木の伐採と開墾 →養鶏場を作る
B 水を引く→ 水の確保
C 開いた土地の開墾 →畑を作る
D 食材確保 湖や山で食材確保 保存食の作成 食材の買い付け
「叩き台を作りました」
シリは必要な道具や人数の配分を羊皮紙にまとめていた。
これは重臣だけではなくグユウも驚いた。
「シリ・・・一体どこでそれを学んだ」
グユウが困惑した瞳で質問をした。
「幼い頃から・・・争いに興味がありました。
兄上の作戦会議や家臣達の話を立ち聞きしたり・・・本を読んだりしていました」
シリが伏し目がちで答える。
オーエンは、以前ジムが話していたことを思い出した。
『ゼンシ様が20 歳までシリ様を嫁がせなかったのは・・・シリ様が有能だからでしょう』
だからこそ、小さな領土のワスト領に嫁がせたんだ。刃向かって戦う機会がないように。
今更ながら、ゼンシの意図を感じた。
そして、シリ様の能力を開花させたのは・・・
オーエンはグユウの顔を見つめた。
寡黙な若い領主のグユウは、淡々とシリの話を聞いている。
「重労働なので・・・士気を高めるために報酬制を取り入れたいです」
シリがグユウの瞳を見つめる。
「報酬制・・・褒美のことか?」
グユウの声に、重臣たちがざわついた。
シリは一瞬だけ視線を泳がせたが、すぐに顔を上げた。
「ええ」
シリはうなずく。
「各班でグループを作り、1番早く作業を終えた人に褒美を与える。
これは領民も嬉しいと思うのです。・・・いかがですか」
最後になるにつれ、シリの語尾は弱くなる。
大胆な提案をしたと思っているのだろう。
「シリ、良い提案だと思う」
目を細めてグユウがうなづいた。
「それと・・・12時にお昼、15時に軽食を提供するのはどうでしょうか」
嬉しさのあまり、シリの声が少しずつ力を帯びていく。
「皆で一緒に食事をとれば結束は深まります。
そして、大量の食材を用意することは厨房にも良いことです。
籠城になった時は、準備や段取りがスムーズになるはずです」
シリは重臣達の顔を見つめながら話す。
グユウの父 マサキは、シリに何か辛辣な言葉を投げかけたかったけれど言葉が出てこない。
重臣達はお互いの表情を見て何も言えずにいる。
今まで聞いたことがない新しい提案だった。
シリの提案は心から素晴らしいと思うものの、1番最初に意見を言う事は勇気がいる。
「そのように準備をしましょう」
オーエンの瞳がかすかに笑った。
「――俺は、こういうの、嫌いじゃありません」
シリとオーエンの目は交わり・・・微笑んだ。
家臣でなければ・・・オーエンとは良い友人になれただろう。
シリはそう思った。
「領民、家臣ともどもに力を合わせます」
「なんだか面白そうだ」
「明日から頑張ろう」
重臣達が皆、口を揃えて賛同した。
マサキも渋々うなづいた。
「それでは、シリ様の提案で籠城の準備を勧めることでよろしいでしょうか」
ジムがまとめる。
重臣達が力強くうなづく。
「それでは明日から励もう」
グユウが締めの挨拶をして、明日から籠城の準備が始まることになった。
「ジム、少し残ってくれ」
重臣達が帰り支度をする時にグユウが声をかける。
会議室にはグユウとシリ、ジムが残った。
「ジム、頼みがある」
グユウは真剣な顔で伝える。
「何なりと」
ジムは穏やかな目で端正な若い領主を見つめた。
「今回の争いは・・・ジムは城に残ってほしい」
ジムの顔に、驚きと悲しみがハッキリと出た。
「グユウ様・・・それは・・・」
ジムの顔は青ざめた。
ジムは何度も戦を経験した騎士だ。
腕には自信がある。
争いだけではなく交渉も負担をした。
ワスト領に欠かせない重臣だと自負していた。
「それは・・・私が老いて戦場では使い物にならないからですか」
ジムの声が悲しげに響く。
それは、彼自身が一番恐れていたことだった。
自分の役割が終わってしまう日が来ることを――。
グユウは立ち上がり、ジムの両肩をつかんだ。
「ジム、今回の争いは凄まじいものになるだろう・・・。離婚協議の時も無理をさせた」
真剣な眼差しで伝えた。
「たとえ役立たずだとしても、グユウ様のお役に立ちたいです」
ジムの声は震えた。
傍で見ていたシリは、グユウとジムの気持ちが痛いほどわかった。
グユウにとってのジムは、シリにとってエマのような存在だ。
大事にしたいから、危険な任務に付き添うことはできない。
でも、それは今まで精一杯頑張っていたジムにとって辛い宣告なのだ。
ジムは決して自慢するような事は言わなかったが、
彼が英雄であったことは、勇敢で高潔な、無私の人物であったことは聞かなくてもわかる。
「ジム、重臣を引退することはない」
グユウは声を詰まらせながら誠実に話す。
「ジム、お願いだ。オレが不在の時はレーク城に残ってほしい。シリの支えになってくれ」
グユウが頭を下げた。
ジムはグユウの成長をずっと見続けていた。
口下手で無表情なグユウは損をすることが多かった。
それゆえに誰よりも守りたい存在だった。
シリと結婚をしてグユウは領主としても、男としても成長した。
もう、そばで世話をやかなくても大丈夫なのだろう。
ジムはグユウの足元に片膝をついた。
「お顔を上げてください」
優しい声でグユウに声をかけた。
「オレに何かあったら・・・シリを頼む」
グユウは一歩も引かない。
「グユウ様、承知しました」
ジムはいつもの穏やかな声で答えた。
ジムは残りの人生において、やるべき事がわかったのだ。
それは戦場で命を散らすことではなく、
領主ー大事な領主が愛する妻を支えることだった。
「ジム・・・感謝する」
グユウの黒い瞳は揺れていた。
その光を、シリは静かに見つめた。
「右手にジム、左手にエマ。――二人がいれば・・・私は無敵だわ」
次回ーー
夜。
静まり返った石廊下で、シリは足を止める。
灯を消し、身を潜めた先に現れたのは、グユウの重臣たち。
「グユウ様の前では話せない」
低く押し殺した声が響く。
リネン室に集う男たちの密談。
その影は、籠城の城をさらに揺さぶろうとしていた――。
明日の17時20分 命知らずの領主 必ず帰ってきて…




