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女であること、領主であること


ワスト領に赤い封蝋がついた手紙が届いた。

それはミンスタ領からの宣戦布告の手紙だった。


グユウは淡々と受け入れ、重臣会議が行われた。

開戦は7月中旬にワスト領地で行うことが決まった。


2日後の家臣会議で争いは発表される。



その日の夕方、シリとグユウは馬場まで散歩に行った。


春の夕べは美しかった。

その美しさもシリの目には入らなかった。


グユウから開戦の話を聞いたからだ。


ーーいよいよ争いが始まるわ・・・


シリは唇をギュッと噛み締め、拳を握りしめた。


ワスト領に留まると決めた時から覚悟はしていたけれど、緊張が高まる。


ーーミンスタ領に攻め込まれたら、小さなワスト領は勝てないだろう。


「それにしても、争いまで1ヶ月半もあるのは・・・長いな」

グユウが不思議そうな表情をした。


ーー穏やかな日々が、むしろ怖い。


シリはそんなふうに思っていた。

嵐の前の静けさとは、こういうものかもしれない。


「全軍をあげてワスト領を攻めるのでしょう。

他の領主に協力を依頼するはずです」

シリが青ざめた顔でつぶやいた。


「そうか」


「兄上は本気です」


シリは争いが多いミンスタ領出身の姫だった。


争い中とはいえ、ミンスタ領は攻撃する側の立場だったので、シリの日々の生活は平和だった。


ところが、今回は違う。


自分たちが攻撃される側になるのだ。

それが、どんな暮らしになるのか。


ーーまるで想像ができなかった。


「シリ・・・」

労わるようなグユウの声が聞こえた。


顔を上げるとグユウの辛そうな顔が見えた。


領主として大変な時なのに、シリのことを気にかけている。


「故郷と争うことになってしまった。・・・すまない」


シリは手を滑りこませて、グユウの手をかたく握りしめた。


「ここに残ると決めたのは私です」


シリは涙とため息はこらえたけれど、かすかな身震いはとめられなかった。


震えるシリを、グユウはそっと抱きしめた。



翌日、シリとグユウはロク湖に浮かぶチク島へむかった。


セン家が大事にしている木像に、争いの勝利を祈りウイの出産の報告をした。


建物から出ると、四方に広がる青い湖が見えた。


穏やかな青い湖から風がさぁと優しく吹いて頬をなでる。


鳥たちのさえずりが遠くで聞こえる。


世界は平和に満ちていて、争いが迫っているとは思えなかった。


昼食のサンドイッチと一緒に出された飲み物は、エルダーフラワーのコーディアル。


「これは・・・」


グユウは不思議そうな顔をしながら、ガラスのコップを見つめる。


淡い黄色を帯びた液体だ。


「レーク城の裏山に咲いている花を砂糖で煮詰めたシロップです」


「花のシロップか・・・」

グユウが匂いを嗅いで、一口飲んでみた。


花とは思えない爽やかな香りと甘さが広がる。


「美味しいな」

グユウは驚いた顔をした。


「ええ。ミンスタ領では春になると花を集めて作ります。

これを飲むと身体の毒を排出すると言われているので、風邪や体調不良の時に飲みます」


「身近な植物が薬になるのだな」


「・・・争いに備えて、薬の準備と製造をしています」


「そうか」


シリは紅茶にシロップを注いでグユウに差し出した。


「グユウさん お願いがあるのですが」

シリが強い瞳でグユウに迫る。


こういう瞳の時のシリは、とんでもないことを言い出す。


グユウは予防線を張るため、紅茶がはいったカップを地面に置いた。


それは、紅茶をこぼさないための対策だった。


「・・・言ってみろ」


「私も戦場に行けませんか」

シリはグユウに詰め寄った。


予想より遥かに斜めを行くお願いだった。


カップを持っていたら、間違いなく紅茶をこぼしていた。


グユウの目はしばらく開いたままだった。


シリは真剣な眼差しでグユウを見つめる。


「シリ、それはダメだ」

正気に戻ったグユウは、キッパリと断った。


「グユウさん!私は女ですが身長が高いです。馬も乗れます。

今から1ヶ月半、頑張って鍛えれば・・・少しは活躍できるかもしれません」

シリは必死だった。


「シリ、戦場は争いだけではない。

血の気が多い男も多いんだ。・・・女性は危険すぎる」

グユウも必死で説得をする。


「私も何かしたいんです」

シリは一歩も引かない。


2人の間に沈黙が流れた。


「それなら・・・籠城の準備をしてほしい」


「籠城の準備?」


「あぁ。水と塩、食料の準備だ。以前、シリが話していただろう」


シリは黙ってうなずく。


「畑や鶏舎を作るには多くの人を動かす必要がある。

シリが指揮をして家臣や領民を動かすといい」


「グユウさん、それ本気で話しています?私は・・・女ですよ」


「戦場に行きたいと話した女は誰だ?」

グユウはフッと微笑む。


「難しい頼み事は、できそうな人にしか頼まない。籠城の準備は半月しかない」

グユウはチラッとシリを横目で見た。


「オレは、命令するだけの男ではいたくない。おまえと一緒に、この城を守りたいんだ」


シリはほんの一瞬、胸の奥が熱くなるのを感じた。


けれど、涙は見せなかった。


ただ静かに、グユウの言葉を心に刻んだ。



「明日の家臣会議で話をして、皆の協力を仰ぐ・・・シリ、できるか?」

グユウはシリを見つめる。


多くの人の前で皆の協力をお願いする。


ーーそんな事、今までしたことがなかった。


女の自分が出しゃばる事を面白くない家臣もいるだろう。


けれど、それでワスト領と・・・グユウさんの力になるのなら。


「できます」

強い眼差しでシリは伝えた。


「それでこそ、シリだ」

グユウはシリを抱き寄せ、そっと髪を撫でた。


ーー争いは始まってしまう。


生家 ミンスタ領にワスト領は敵わないだろう。


それでも・・・グユウのそばにいたい。


生き残る術を探そう。


この選択を後悔しないためにも、全力で頑張ろう。


グユウに寄り添いながらシリは思った。



小説を始めて書いて2ヶ月が経ちました。

このお話は、小説家になろうの作風に合わないのは承知しています。そんな中、読んでくれる人がいる事に感謝しています。


次回ーー


家臣会議の壇上に立ったのは、白いドレスに赤いスカーフをまとった妃・シリ。

妻を前に押し出す領主グユウ。

その姿を尊敬と劣等感の狭間で見つめるオーエン。


いま、ワスト領は戦へ向けて動き出す。

先頭に立つのは――領主と妃、ふたりだった。


明日の17時20分 あの人が輝けるのは…


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