叱られて、抱かれて、噂されて
無事にレーク城に戻ったシリを待っていたのは、グユウの熱い抱擁(あっという間に終わった)
そして、エマからの長いお説教だった。
「こんな美しい肌に自ら傷をつけるなんて・・・」
エマはシリの傷口を見て苦々しげに言った。
「エマ、私は気にしないわ」
「私が気にします!!」
エマはカーテンを閉めろうそくに火を灯した。
「ああするしか仕方がなかったのよ。
オーエンが剣を出せば兵は気が立つでしょ?もし、エマだったらどうする?」
「私でしたら、そんな状況に陥ることはありません。シリ様は本当に・・・」
エマは呆れて何も言えなくなってしまった。
エマの手は迷いなく、容赦なく薬草を塗りつけた。
痛みに顔をしかめても、「文句は言わせませんよ」とでも言いたげだった。
シリは何も言わずに傷の手当てを受けた。
経験上、何か言ったらその倍の言葉が返ってくるのを知っているからだった。
シリの部屋にシンとユウが入ってきた。
2歳と1歳の2人には状況はわかるはずもない。
けれど、いつもと違う城の雰囲気に子供心ながら何かを感じたのだろう。
「シリ様にお逢いをしたかったようで・・・」
乳母のヨシノが説明する。
「シン!ユウ!」
駆け寄るシンを抱きしめ、一生懸命歩むユウに手を伸ばす。
2人の良い匂いをする暖かい身体を抱きしめ、心をとろかすような甘さにひたった。
「家に帰るって嬉しいものね・・・」
シリはつぶやいた。
ジム、ジェームズ、オーエンから話を聞いて、グユウはシリの行ったことを知った。
そして、少し震えた。
「ミンスタ領の家臣はタジタジでした」
ジェームズが嬉しそうに伝えた。
「あのような妃は・・・いないでしょう」
オーエンの言葉は、苦しそうだった。
その言葉に尊敬と苦痛、嫉妬がにじみでていた。
男の自分が成し得なかったことを軽々と行うシリ。
その惹きつける容姿と振る舞いに憧れを感じる一方、己の無力さも感じていた。
「強くて聡明な妃です。シリ様の行いは時代を変えるかもしれませんね」
ジムが述べた。
グユウは頑張った3人に、労いの言葉と感謝の気持ちを伝えた。
その夜のグユウは、いつもより強引だった。
部屋に入るなり、シリを抱きしめて離さなかった。
「グユウさん・・・?」
シリの瞳が戸惑ったように揺れる。
「どうした・・・」
シリの言葉は突然途切れた。
グユウが唇を奪ったからである。
突然の口づけにシリは戸惑っている。
それでもグユウはやめない。
無心で貪る。深く深く。
湖からの強い風が吹いて、窓を揺らした。
「!!!」
・・・途端にグユウはシリから手を離す。
シリは、突然終わった口づけに戸惑うようにグユウを見つめていた。
「すまない」
シリの首の包帯に目をむけた。
あのとき、自分は彼女を守れなかった。
だから今、優しくできる資格があるのか――そう思うと、手が止まった。
「疲れているのに・・・すまない」
シリは無言でグユウの背中に腕を回した。
グユウの背中をあやすように優しく撫でる。
「・・・抱いてくれないのですか?」
柔らかな声でささやく。
「・・・今日は優しくできそうにないから」
グユウが目を逸らしながら答える。
「そんなグユウさんも知ってみたいです」
「オレは・・・シリを乱暴に扱いたくない」
シリは背中に回した手をギュッと力を込めた。
そして、グユウの耳元でささやいた。
「グユウさん 大好きです」
優しいシリの声を聞くと、これでもかときつくグユウは抱きしめた。
黙ってシリを抱き上げベットに運んだ。
シリの金色の髪がベッドに散らばる。
グユウは熱を孕んだ瞳でシリを見つめた。
「すまない・・・優しくできない」
「・・・来てください」
シリは優しくささやいた。
グユウは、できるだけ優しく口づけをした。
口数が少ないグユウは、瞳で語ることが多かった。
けれど、その日の夜はシリの名前を何度も口にした。
「名前を言ってくれると・・・嬉しい」
シリは溺れかけているような顔でグユウを見つめた。
それは本当にささやかな願い。
グユウは耳元でもう一度、思いを込めてその名を口にした。
「シリ」
「シリ・・・頑張ったな」
胸に抱いたシリの頭を撫でながらつぶやく。
ぼぅとした眼差しでグユウの瞳を見つめると、
夜の闇のように深い黒色、
他の人には決して見せない慈しみの色を浮かべていた。
「傷は大丈夫か」
優しい目で聞いてくれる。
幸せで溺れそうになる。
「グユウさんの顔を見るだけで・・・」
力なく微笑んだ後にシリは目を閉じた。
グユウはシリの頭に口づけを落とした。
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シリの起こした行動は、野火のように国中に広まった。
離婚協議は野外で行われたので、その様子を見ていた領民も多い。
そして、ミンスタ領の兵も興奮した面持ちで家族や仲間にシリの話をしたのもあるだろう。
「金髪の后の冒険を聞かせて」
子供達は何度も同じ話を聞きたがった。
小領 ワスト領の妃がナイフをふるい、ミンスタ領の兵士に毅然と立ち向う。
確かに面白い話なのかもしれない。
「領主ではない。妃だ! しかも、美人らしい」
「ナイフをふるって戦ったんだと」
「たった4人で80人の兵を前にしたらしい
シリの容姿も含めて、多くの人の口に上がった。
シリの行動が、世の中の動きを少しずつ変えていくきっかけになった。
当の本人は、そんな噂が流れていることも知らずに
幸せそうにグユウの腕に抱かれて眠っていた。
幸せそうに眠るシリを見つめながら、グユウはそっと目を閉じた。
だが胸の奥には、どうしても消えない不安が残っていた。
もし彼女を守れなければ――次こそ、すべてを失う。
クリスマスに読んでくれてありがとうございます。
次回ーー
静寂の三日──窓辺の薬草摘みと赤いスカーフに秘めた覚悟。
シリは傷を抱えながらも籠城の準備に奔走し、オーエンは膝をつき「守る」と誓う。
しかし遠くシュドリー城では、ゼンシが手紙を読み笑いをはらみつつ決断する。
命令は冷酷そのもの――「全軍を上げ、グユウを討て。シリを取り戻す」。
静けさを引き裂くのは、戦の号令と復讐の炎だった。
明日の17時20分 グユウを殺してシリを取り戻す




