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恋の入口は、血に濡れたドレスとともに

レーク城に帰る頃には陽が傾いていた。

まどやかで快い色と音に満ちた素晴らしい夕方だった。


シリは近づいてくるレーク城を、馬車の窓から愛おしげに見つめた。


「家に帰るって素晴らしいわ」

独り言を呟いた。


安全で豪華なシュドリー城ではなく、

これから争いが始まるレーク城がシリの家になっていた。


そこには・・・グユウがいる。


グユウがいる所が、シリの帰るべき場所だった。


遠くから馬車が来たことに気づいた城内の人々は、城の門の前に集まった。


グユウを含めて、皆が緊張した顔で佇んでいた。


ジム、ジェームズ、オーエン、馭者2人は見える。


馬車に・・・シリが乗っているか。


馬車が止まった。


馭者が開けるのを待ちきれないように、シリ自らが扉を開けた。


「ただいま帰りました」


その一言に、空気が揺れた。


エマは驚きのあまり、喉の奥がヒュッとなった。


ドレスの胸の部分は血に染まり、シリの首には白い布が巻き付けられていた。


城内の者たちは、嬉しさのあまり大歓声をあげた。


グユウは動いた。


一歩、二歩――、駆けるようにシリへ歩み寄り、彼女を力強く抱きしめた。


抑え込んでいた感情が、何かに突き動かされたように溢れ出す。


次の瞬間、唇が重なった。


城門の前、誰もが見守る中で――それは唐突で、熱く、そして痛いほどに切実な口づけだった。


侍女たちが黄色い悲鳴を上げる。


エマは驚きのあまり目を見張り、マコは「あらあら」と口元を緩める。


けれどグユウは、何も聞こえていないようだった。


ただ、生きて戻ったシリがここにいる。


それだけで、世界がすべて報われた気がした。


長い一瞬が過ぎ――


我に返ったグユウは、突然ばつの悪そうな顔をした。


シリから距離を取り、そっけない手つきで彼女を手放すと、顔を背けて早足で城の中へと歩き出す。


「・・・あ、グユウさん! 待って!!」

シリは赤くなった頬を押さえながら、慌ててスカートの裾を持ち上げて追いかけた。


白いふくらはぎがちらりとのぞく。


「走ると傷に障りますよ、シリ様」

苦笑したオーエンの隣で、ジムがぽつりと呟いた。


その後、ジムは、オーエンの顔をじっと見つめた。


「・・・嫌い、という感情は、意識しなければ持てないものです」


ポカンとした表情のオーエンを見つめながら話す。


「つまり、それは――」

ジムは一拍おき、意味ありげに微笑んだ。


「恋の入口かもしれませんね」


オーエンは、まるで殴られたような顔でジムを見た。


反論の言葉を探す前に、ジムはとっくに去っていた。


「・・・そんな訳ない」

苦々しく吐き捨てる。


ーー嫌いが恋の入口? 


そんな馬鹿な。


なのに、なぜか――心のどこかが、ひどくざわつく。


あの青いドレスの背を追ったときの焦り、

手当をしていたときに感じた熱、

そして、目の前で男に抱きしめられたときの・・・妙な痛み。


恋愛? まさか。

でも、それを否定するほど、自分は冷静じゃない。


面倒くさい。けど、少しだけ――面白くもある。


それは恐ろしくて、厄介で、目を逸らしたくなるような感情だった。


オーエンは深く息を吐き、視線を戻す。


グユウの背を追ってスカートを翻し、ふくらはぎをさらして駆けていく妃。


なんという女だ。


オーエンは胸の奥に残る熱を深く沈めるように、小さくつぶやいた。


「・・・すごい妃だ」



真っ赤に染まったグユウの耳を見つめながら、シリは心の中で誓った。


あの口づけがすべてを癒してくれた――けれど、戦いはこれから。


ゼンシとの対決が始まる。


ーーグユウさんと共に歩むために、私は戦う。



次回ーー


無事にレーク城へ戻ったシリを迎えたのは、グユウの衝動的な抱擁と、エマの厳しい叱責だった。

傷を手当てし、子どもたちと再会する安らぎのひととき。だが城内ではすでに“金髪の后の武勇”が語り草となり、国中へ広まっていく。

その夜、シリを抱きしめるグユウの胸に残ったのは、消えぬ不安――次こそ彼女を守れなければならない、という切実な思いだった。

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