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兵士80名 vs 馬車1台 でも負けない

4時間ほどかけて馬車は領境の宿に到着した。


「すごい数の兵士だ・・・」

オーエンが驚いて声を出す。


宿周辺には、ミンスタ領の旗印がついた豪華な馬車が2台。


兵士が80名ほど待機していた。


対するワスト領は馬車1台、家臣は馭者を含めて5名だった。


そのあまりにも対照的な姿に、ジェームズも不安げに眉をひそめた。


「争いの最中でも、シリ様をお連れする兵士をこれだけ用意できる・・・

やはり、ただの里帰りでは済まされないようですね」

ジムが答える。


「さて・・・どうするのか」

ジェームスが不安そうな声を出して馬車を見つめた。



ワスト領の馬車が到着した瞬間、兵士たちは大きく輪になって馬車を囲んだ。


ゴロクとキヨは馬車の到着を知り、馬車まで迎えに来た。


ワスト領の兵士の数が驚くほど少なかった。


「・・・まさか、本当に身一つで追い出されたのか?」

ゴロクが低く呟く。


女性は荷物が多い。

ましてや、シリは子供を2人産んでいる。

あまりにも警備が薄い状態に疑問を抱いた。


彼らの視線の先で、馭者が馬車の扉を開いた。

青いドレスに身を包んだシリが、静かにその姿を現す。


一瞬にして、場の空気が変わった。


ミンスタ領の兵士からも低いざわめきがこぼれた。


陽の光に照らされたシリの髪の毛は溶けた黄金のように見えた。

その青い瞳は、親しげな陽気な瞳ではなく強く光っていた。


そこに立っているだけで独特のオーラが放たれていた。


シリはまっすぐにゴロクとキヨを見つめた。


その瞳で見つめられると、ひれ伏したくなる。


「・・・シリ様!!お久しぶりでございます」

すぐさま、ゴロクとキヨは深く頭を下げた。


「ここは冷えます。協議が終わるまで部屋で待機してください」

キヨは揉み手でへつらう。


シリはキヨを一瞥した後に首を振る。


「シリ様・・・。お子様達は・・・」

ゴロクが問いかける。


シリはゴロクを見つめた後に首を振った。


「荷物も、お見受けしませんが・・・」

ゴロクの問いは段々と小さくなった。


「宿には入りません。この場で離婚協議を行います」

シリはゴロクとキヨを見つめて静かに話した。


「この場で、ですか・・・?」


二人が戸惑いを見せたのも当然だった。


「家臣は対応しません。私が行います」

シリはさも当然という顔で話す。


「シリ様・・・どうして」

ゴロクが動揺しながら問う。


宿に入らず外で離婚協議を行う。


これはシリが考えたことだった。


宿に入ってしまえば、ミンスタ領の兵士に囚われ、

そのまま連れ去られる可能性が高かった。


野外で・・・それも馬車の近くで離婚協議をした方が

わずかながらワスト領に戻れそうな気がした。


シリの背後にジム、ジェームズ、オーエンが佇む。

剣を出せるように控えていた。


違和感を感じたゴロクとキヨが数歩近づいた。


「私は離婚をいたしません」

シリが静かに話した。


その一言に、空気が張り詰めた。


「な・・・」

ゴロクとキヨの表情が引きつる。


「それは・・・」

ゴロクは声を震わせる。


「ミンスタ領には戻りません」

強い瞳でシリは2人を見つめる。


「・・・そのような話は聞いた事がありません」

ゴロクの声も静かになってきた。


キヨは兵たちにサインを送った。

兵達は少しずつ近づき、シリ達の周囲を取り囲むようになる。


「ええ。前例にないことは承知です。私が決めました」


「なぜ・・・」

兵達の輪がどんどん近くなる。


「ミンスタ領が先に約束を破ったからです」

シリの青い瞳が怒りで燃えたように見えた。


ゴロクとキヨは肩をすくめて縮み上がる。


ほんの一瞬、シリがゼンシのように見えたからだ。


周辺の空気が凍る。


「ミンスタが盟約を破りながら、あたかもワストが争いを望んだかのように騒ぎ立てる。

その姿勢を、私は許しません」


その声には、怒りと冷静さが混ざり合っていた。


シリの迫力にゴロクとキヨは目を泳がす。


周囲の兵たちも水を打ったように静まり返った。


しばらく、誰も動こうとしなかった。


そのとき、ひとりの兵士が、まるで引き寄せられるようにシリに歩み寄る。


花に引き寄せられる蝶のように、陶然とした表情で手を伸ばしかけた――


 ――だが。


「触るな!」


オーエンが即座に間に入り、剣を抜いた。


一瞬にして、緊張の糸が切れる。

周囲の兵が一斉に剣に手をかけかけた、そのとき――


「オーエン、剣を納めて」

シリの澄んだ声が聞こえた。


オーエンは恐る恐る振り返る。


怖いくらい美しい青い目が見えた。


次の瞬間、オーエンの背筋は恐怖で凍った。


静かに笑うシリの姿があった。


その手には、小さなナイフが握られていた。


それは、剣ではないが、意志を示す武器だった。


この場を制するのは、数でも力でもない。


ただ一人、帰る場所を選ぶ女の、揺るがぬ覚悟だった。



初めて書いた小説が70話を超えました。

読んでくれる方がいて励みになります。


次回ーー


「オーエン、剣を納めて」

命じる声は澄み切り、微笑むシリの手には小さなナイフ。

凍りつく場を支配したのは――数でも剣でもなく、一人の女の覚悟だった。



明日の17時20分更新 ごめんね。帰らないといけないの

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