表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/227

祈りをこめて送り出す 見送る立場は・・・辛いな


その朝、首に何もつけないと決めた。

──最後の覚悟だった。


シリの部屋には、ろうそくの灯りが揺れていた。

炎が揺れるたびに、青いドレスの銀糸の刺繍が光を返す。


「ネックレスはいらないわ」

エマの手にあったサファイアの首飾りに目をやり、シリはそっと首を横に振った。


「首に何もつけないのですか?」


エマの声は、どこか不安げだった。

けれどシリは鏡越しに青白い顔を見つめるだけだった。


「ええ。首には何もつけないの」

まるで首元の白さが、心の決意を映すようだった。


この日は離婚協議があるので正装だ。


結婚式の時に着た青色のドレスに袖を通し、銀色に輝く帯をつけた。

裾に縫い付けられていた銀色の刺繍がろうそくの光に反射する。


ゼンシがシリのために用意した贅を尽くしたドレス、

嫁いだワスト領では買えない高価な布地だ。


あの頃、当たり前のように感じていたけれど、今は生家の莫大な財産を感じた。


そして今日は、その生家と決別する日でもある。


身支度を終え、シリが階段から降りると、

グユウは眩しげに目を細め、唇が何か言いたげに動いた。


「あの時、言えなかったけれど・・・」

グユウの低い声が、控えめに響いた。


「あの時?」

シリが振り返ると、彼は一瞬、言葉をためらった。


「結婚式・・・」

シリは黙って、グユウが次の言葉を出すのを待っていた。


「こんな美しい妃が・・・オレに嫁ぐのは・・・夢のようだと思っていた」

彼の瞳が真っ直ぐシリを見ていた。


きっと、もう伝えられないかもしれないから。

だから、口下手な彼は一生懸命、言葉を紡いだ。


「グユウさん」

シリはグユウを見上げる。

その黒い瞳は今はシリのことを優しく見つめてくれる。


「その言葉、毎日言ってくれると嬉しいです」

「それは難しい」


2人は少しだけ微笑んで、無言で抱き合った。

最後の別れにならぬように想いを込めて、グユウはそっとシリを手放した。


子供達は眠っている。

可愛い盛りのシン、ユウ、そして、産まれたばかりのウイの顔を見ると決意が揺らぐ。

子供達の顔を見ずに出発することにした。



城の門の周辺に多くの人が集まっていた。


離婚協議に参加するメンバーは、シリ、ジム、ジェームズ、オーエン、それに馭者2名だった。


馭者を2名にしたのはシリの指示だった。

どちらか1人が不慮の事故に遭っても何とか帰れるようにした。


人間より馬の数の方が多かった。


計画は前例がない。


だからこそ、無茶でもやるしかなかった。


オーエンが「無茶苦茶だ」と嘆いたそれに、誰もが従った。


ジム、ジェームズ、オーエンは緊張で顔が硬っていた。


やがて、城からシリが姿を現す。


青いドレスの胸元から首筋にかけて、陶器のように滑らかな肌が現れ、

金糸のような髪が朝の光に輝いていた。


その姿に、城の者たちは息を呑む。

誰もが見慣れたはずの后妃だった。

けれど、今日のシリには別の輝きがあった。


強さと、美しさと、そして覚悟。


シリの姿を見た時に、オーエンは一瞬我を忘れた。


同行する家臣をシリは見つめる。


家臣の緊張を緩めるように、イタズラをする子供のように微笑む。


「行きましょうか」

まるでピクニックに行くような口ぶりだった。


「はい」

ジムが微笑みながら返事をする。


「行きましょう!」

根が明るいジェームズは楽しそうに話した。


ーー妙だな。

オーエンは周囲の人々の顔を見渡した。


城の者たちの目がシリを一心に見つめている。

これからシリが行うことは前代未聞、常識からかけ離れた事なのに。

もう、シリは戻ってこないかもしれないのに。


けれど、城の者たちは"シリならやってくれる"

そんな期待と信頼に満ちた眼差しだった。


城の者たちの心を掴んでいる。

マサキの后、マコが見送りに来ている。

オーエンは悔しそうにため息をついた。



「行ってきます」

強い瞳でシリがグユウに伝えた。


グユウは決意を込めた瞳のその深さに息を呑む。


「行ってこい」

グユウは凪いだ瞳で皆を送り出す。


「エマ・・・」

グユウの少し後ろに立っているエマに、シリは声をかける。


「シリ様、どうして私を連れて行ってくれないのですか」

エマは身を振り絞ってシリに詰め寄る。


2人はいつでも一緒だった。


「エマ・・・同行するには危険すぎるのよ。・・・連れていけない」


「そんな危険なところに、シリ様はお一人で行かれるのですか!!」

エマは涙声で訴える。


シリはエマの頬に両手を挟んで、優しく見下ろした。


「エマ、私が帰って来なかったら・・・ユウとウイをお願いします」


シリの瞳は真剣だった。

ユウとウイのことも考えてエマを城に置いておくのだろう。


「・・・わかりました」

それを悟ったエマは気丈に答えた。


シリは微笑んだ後、後ろを振り向かずに馬車に乗った。


馭者が馬を走らせる。


エマは数歩追いかけて地面に座り込んだ。


グユウはエマの老いた肩に手をかけた。


「見送る立場は・・・辛いな」


エマは泣きながらうなづく。


小さくなる馬車を見送りながらグユウがつぶやいた。


「・・・祈ろう。あの強さが、無事に戻る日を」


次回ーー

「私は離婚をいたしません」

シリの一言で、場の空気は凍りついた。

誰もが常識を疑い、ただその瞳に釘付けとなった。



明日の17時20分 前例にないことは承知です。私が決めました  良い週末をお過ごしください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ