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離婚協議の前に、もう一度あなたに抱きしめてほしい


会議が終わった頃、日が沈んだが和やかな夕あかりがあった。


「シリ、来てくれ」


ふだんは穏やかなグユウが、珍しく強い調子で手を伸ばした。


寝室の扉を閉めると同時に、グユウはシリを抱きしめた。


「グユウさん、どうしたのですか」

突然の抱擁にシリは驚く。


「シリ、離婚協議は領主としては許可をした」

グユウは、うなづくシリを切なさそうに見つめた。


「けれど、1人の男として伝えたい。危険すぎる。離婚協議に行かないでほしい」

すう、とグユウが大きく息を吸い込む。



グユウはシリの突拍子もない行動を、いつも認めてくれていた。

相談することもなく、行動してしまうシリを諌めることもしなかった。


そのグユウがはっきりと反対している。

珍しいことだった。


グユウの瞳を見つめると、痛いほど心配が伝わる。


「グユウさん・・・」

大切な人が心配してくれている。


グユウの心中を察して、シリは胸が痛んだ。


目の奥がつんとしてきた。


「グユウさん、私が争いに行かないでとお願いしたら出陣をやめてくれますか?」

シリはグユウの瞳を見つめて話す。


「それは・・・」

グユウの瞳は揺れてたじろぐ。


「シリに反対されても・・・領主としての責務がある。出陣はする」

グユウは渋々答えた。


「私も同じ気持ちなんです。グユウさんの気持ちに応えたい。

でも・・・妃としての責務を果たさないといけません」


グユウは再び悟った。


シリの決意は固い。

グユウが反対したところで聞かないだろう。


わかりきった事なのに、どうしても想いを口にしてしまった。


切なげに目を伏せたグユウを見て、シリの声は震えた。


「グユウさんは本当に優しい」

シリの言葉にグユウは眉を顰めた。


「違う。オレは優しくない。シリを失うのが怖いだけだ」

グユウはそう伝えると、シリは泣きそうな顔になった。


“泣かせる“グユウは焦った。


「・・・グユウさん、私も・・・私もそうなんです。グユウさんを失うのが怖い。

そして、嫌われるのが怖いんです」

その声は震えていた。


「・・・今日の重臣会議もそうです。好きなようにさせてもらっているけれど・・・

こんな事をして、グユウさんに嫌われるかな。呆れられるかなと、いつも不安に思っています」


シリの行動は世の女性が歩いている道から大きく外れていた。


グユウは、シリに好きな事をさせてくれる。


グユウの広い心に感謝しつつ、いつか嫌われるのではないか。

呆れられるのではないか。

そんな不安がシリにあった。


グユウの声がやわらぎ、そっとシリの頬に触れた。



「オレはいつも思っている。

シリは、オレより有能な領主の妻でいた方が良かったのではないか・・・と」

グユウは辛そうな表情でシリに伝える。


「私なんて、扱いづらい女ですよ。あなたじゃなきゃ務まりません」


ふたりの間に、静かな笑みが交わされる。

言葉よりも、目線と息遣いで、心が触れあっていた。


「・・・グユウさん」

「どうした?」

シリは鼻をすすった。


「・・・お願い聞いてくれますか」

「何でも言え。オレにできる事なら・・・」


「・・・もっと強く抱きしめてほしいです」


シリの言葉を聞いた途端、グユウは落ち着かなくなった。


「え・・・?」

それは、違う意味の抱きしめるで良いのだろうか。

グユウの顔から嬉しさと動揺の色が隠せない。


「私を強く抱きしめてください」

見上げたシリの目の淵は少し赤い。


その唇がわずかに揺れるのを見て、グユウはもう何も言わず、彼女を引き寄せた。


唇が重なった瞬間、余計な言葉も、恐れも、すべてが遠のいていった。



この日の夕食は、若い夫婦は食堂に降りてこなかった。


「お二人を呼びましょうか?」

エマはジムに質問をした。


「お二人で話し合うことが沢山あると思います。今晩は夕食を食べないでしょう」


不思議そうな顔をしたエマに微笑むだけで、ジムは何も言わなかった。


ジムは不安げに窓から見える星々を眺めた。


シリの行動は前代未聞。

冷静沈着なサムの代役が血の気が多いオーエン。

様々な経験をしたジムですら、離婚協議は、どんな結果になるのか見通しがつかなかった。





翌朝、エマは足音激しくグユウとシリの寝室にむかった。


数分前にジムから離婚協議の事を聞かされたばかりだった。


珍しくグユウが寝坊をしている。


「失礼します」

エマは挨拶をして、ドアを開けると、

グユウとシリが、寄り添いながら幸せそうな顔をして眠っていた。


寝坊の原因は、乱れたシーツと床に散らばった衣服にあった。


「おはようございます」

ベットの上から怒りに満ちたエマの声が降ってきた。


2人は同時に目を覚した。

そして、呆れた様子のエマを見て、口を開けてびっくりした。


数分後、グユウは何食わぬ顔で日課の鍛錬を始めた。


寝室に取り残されたシリは、エマの口攻撃に耐えている。


「シリ様、本気で行うつもりですか?」

離婚協議の事だ。


シリは体を起こしながら髪をかき上げ、静かに頷いた。


「もちろんよ」

シリの口調は離婚協議はよくある春の行事の一つであって、

何も前代未聞のことではないと、言うように平然と伝えた。


「・・・ミンスタ領には、キヨ様もゴロク様もいるんですよ? 何があるかわからないんです」


「それでも、行く必要があるの。私の務めですから」


「一体全体、どうしてそんなことを考えたのですか」


エマの声は、怒りよりも心配の色が濃かった。


「グユウさんと重臣たちは承諾をしたわ」

シリは淡々と答えた。


領主であるグユウが許可をすればエマは何も言えない。


「全く!グユウ様はシリ様の言うことは何でも聞く」


呆れたような口ぶりの奥に、エマの深い心配と愛情が滲んでいた。


シリは鏡の前に立ち、自分の顔をじっと見つめた。


淡く紅を差したような頬、夜の余韻をうっすら残す瞳。


でも、その奥に宿っているものは、確かな覚悟だった。


「・・・やるしかないのよ」


鏡に向かって、誰にも聞こえない声で、そっと言った。



次回ーー


明日に迫る離婚協議。

「もがいてみせる」――女であり妃であり母であるシリが、前例なき交渉の場に立つ。



明日の17時20分 離婚させられるなら、もがいてみせる

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