女が立つ時
小休止が終わり、重臣会議が再び始まった。
「それでは引き続き重臣会議を始めます。冒頭でシリ様からの提案があります」
ジムの言葉に、静けさが戻る。
シリは立ち上がり、まっすぐに3人の名を呼んだ。
「ジム、ジェームズ、オーエン。お願いがあります」
名を呼ばれた3人は、緊張を帯びた顔でシリを見つめる
「離婚協議中に命の危機に見舞われたら、私を置いて逃げてください」
会場は再びざわめいた。
「シリ様・・・それは・・・」
ジムは返答に困っていた。
「女を見捨てて逃げるなんてできない」
オーエンが不機嫌そうに答える。
「そうです。シリ様を守るのが私達の任務です」
ジェームズも不安げに話す。
「私はミンスタの人間。仮に連れ去られても命までは奪われないでしょう。
それよりも、ワストの重臣三人を失うことのほうが、領にとっての損失は大きい」
「・・・」
皆が、思わずグユウの顔を見る。
彼は、凪のような瞳で短く答えた。
「あぁ」
それだけで、全員が『了承済み』と悟った。
だが、ジムだけは違った。
長年にわたって仕えた彼には、グユウの一瞬のまばたきさえも、『本音』として読み取れた。
「領主からも了解を得ています。ですから、必ず生きて帰ってください。これは命令です」
その眼差しに、抗える者はいなかった。
「承知」
一刻も早く目を逸らしたくてオーエンが呟く。
その後、2名もノロノロと答えた。
シリはにっこりと微笑んだ。
会議は、そのままシリの独断場で進む。
「女の私が重臣会議に出るのは、これが最初で最後です。
もし・・・もし、私がワスト領に戻ることができなかった場合を考えて、皆さんに伝えたい事があります」
シリが真剣な眼差しで話す。
「ご存知の通り、レーク城は籠城にむいている城です」
レーク城は大きな山の上に建っており、道が細く険しい。
大軍が攻めてきても攻撃が難しい。
城にこもって、味方が援助に到着するまでの時間を稼ぐ戦法が有利だ。
争いに慣れている重臣達は、その辺は言わなくてもわかることだった。
「兄上がレーク城を攻めるとしたら、キヨに任せるでしょう」
シリが静かに話す。
「キヨ殿・・・か?」
グユウが思わす声をあげる。
ミンスタ領の家臣 キヨ。
ハゲネズミのような容姿で、シリのことを嫌らしく舐めるように見上げる小男だ。
家臣は代々、世襲制なのにキヨは領民の家から家臣まで成り上がってきた。
「キヨは、かつて南領の城を包囲した際、食糧封鎖を事前に仕掛けました。
周辺の村から小麦を高値で買い占め、城内に食料が入らぬよう根回ししたのです」
シリは唾を飲んで、静かに話した。
「キヨは4ヶ月の間、兵糧攻めを行いました。
その間、南領の城に籠った兵士は食料がなく飢えて、草の根や土壁も食べた。
最後は死んだ人間も食べました。兵の死因は・・・餓死がほとんどです」
言葉が落ちた瞬間、部屋全体が水を打ったように静まりかえった。
「レーク城の兵たちに、同じ思いをさせるわけにはいきません。いまから備えが必要です」
シリは地図の前に立ち、戦略を口にしていく。
「籠城の最大の弱点は、食料と水です。水は、現在は上流の沢から一箇所だけ。
三箇所に分岐させ、父上の屋敷にも引きましょう」
シリはマサキの顔を見つめる。
「・・・やってみる」
マサキは面白くなさそうな顔をしたけれど、
シリの発言は最もだと実感はしていた。
「次に塩です。この前、厨房で皆と食事を作った際、食糧庫を確認しましたが、
塩は一ヶ月分もありませんでした」
その一言に、家臣たちの視線が走る。
「現在は、塩をシズル領から調達しているのですね?」
ジムが黙ってうなずく。
「兄上が街道を封鎖すれば、塩は届きません。塩がなければ、命すら繋げない。3年分の備蓄が必要です」
「3年・・・!」
驚愕が走った。
「大量に買うなら、いましかありません。
加えて、反ゼンシ派の海側領地からも調達先を探しましょう」
シリは、壁の地図を見ながら言った。
「そして食料。自給自足が要です。畑を作り、春にはじゃがいも、秋には玉ねぎ。小麦は育ちにくいので、蕎麦や根菜類を」
「肉は山の獣、鶏は飼育を始めるべきです。鶏舎を建て、卵も供給源にしましょう」
一同、言葉を失って聞き入っていた。
「土を耕した時に出てきた石を集めましょう」
「なぜ?」
オーエンが質問をする。
「敵が登ってきたとき、上から投げればよいのです。
殺傷力はなくとも、動きを鈍らせられます。石は、無料の武器です」
シリは、ほほ笑んで言った。
あまりにも現実的で、あまりにも実践的。
女がここまで考えていたのか――誰もが、胸のうちでそう呟いた。
「争いの戦術も大切ですが、私は誰一人、餓えで死なせたくありません。備蓄もまた、戦いです」
その一言に、重臣たちは静かに頭を垂れた。
「見事だ。シリ」
グユウがぽつりと呟いた。
「シリ様の提案をもとに、体制を整えていきましょう」
ジムが結びの言葉を告げ、会議は閉じられた。
◇
グユウとシリは部屋を出た。
マサキも、ため息をつきながら頭をふり部屋を出た。
残った重臣たちは、口々にシリを称えた。
「すごいお方だ」
「・・・まさか、ここまでとは」
「これが・・・妃、か」
ただ一人、オーエンは黙って廊下へと向かった。
その先で、ジムが待っていた。
「オーエン。警護の件、後ほどジェームズと一緒に打ち合わせを」
「承知しました」
「先ほどシリ様とお話ししました。警護に関しても何か考えているようですよ」
ジムは面白そうに微笑む。
「あの妃は・・・いつもあんな感じなのか?」
オーエンはジムに質問をした。
「ええ。グユウ様とシリ様の会話は未来のワスト領についてが多いですね」
「・・・変わっている」
オーエンが呟く。
「ええ。でも、優秀です。ゼンシ様が20歳まで嫁がせなかったのも、納得できますね」
ジムの声に、オーエンはゆっくりと顔を伏せた。
離婚協議まで、あと6日。
嵐の前の、最後の平穏が過ぎてゆく――。
次回ーー
抱き合いながらも、互いの不安と恐れを吐露する二人。
「それでも、行くしかないの」
鏡の前で呟いたシリの瞳には、確かな決意が宿っていた。
嵐の前夜、静かに時は動き出す――。
明日の17時20分 「オレは反対だ」




