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命令ではなく、意志で挑む


「そんな型破りなことジムには頼めません。私が対応します」

凛とした声でシリが話す。


沈黙が広がる中、グユウが低く口を開いた。


「シリ、それは危険が伴う。ゴロク殿とキヨ殿は、並の家臣ではない」


「ええ。知っています。だからこそ私が対応するのです」

シリは一歩も引かない。


「特にゴロクは、筋が通らない話に対して怒りの導火線が短い。ジムが殺される可能性もあります」

シリはグユウを見つめながら話す。


「シリ様。家臣は領主を守るのが任務。私にそのような気を使わなくても良いのです」

ジムが諭すようにシリに話した。


「そうだ。ジムが心配ならオレが対応する」

グユウが割って入った瞬間、重臣たちが一斉に立ち上がるように声をあげた。


「それはいけません、グユウ様! あなたが討たれれば、それこそ相手の手柄となってしまいます」


シリはわずかに微笑んだ。


その笑顔に、重臣たちの空気が変わる。


なぜか胸がざわつく。


コロコロと表情を変えるシリに、皆が引き込まれていくのを感じた。



ーー人を虜にして惑わす。


そんなシリを苦々しくオーエンは見つめた。


「私はワスト領とミンスタ領の仲を取り持つために嫁ぎました。

こうして、争いが始まってしまうのは私の努力が足らなかった証拠・・・」


「シリ・・・それは違う。争いは誰が悪いというという訳ではない」


グユウの反論に、シリは首を横に振る。


「けれど私が兄上の命に背き、離縁を選ばなかったことで、ゴロクやキヨが罰せられるのです。

ジムにも危険が及ぶでしょう。両家の大切な家臣を、私は守りたい」


シリは、重臣たち一人ひとりの顔を見つめながら、静かに言葉を続けた。


「交渉は私が行います。これは妃としてではなく、一つの任務だと捉えています」


その眼差しは、戦場へ向かう兵のように強く、揺らぎなかった。


誰も言葉を返せない。


妃が離縁を拒み、敵方の家臣と交渉する。


しかも、それが『家臣たちを守るため』という理由であっても、あまりに前例がなさすぎた。


重臣たちは自然と、グユウの判断を仰ぐよう視線を集めた。


グユウは厳しい表情で唇を噛み締めていた。

シリの身の危険を考えると、グユウは反対をしたかった。


2人の瞳は交差した。

まるでケンカのようにお互い睨み合った。

重臣達は息を飲んで、その様子を見つめた。


勝気な青い瞳は、迷うことなく前と先を見つめている。


「・・・前例にない取り組みをする。実にシリらしい」


グユウは、ほとんど諦めのように呟いた。


彼は知っている。


この妃の頑固さと、譲れぬ強さを。


かつてゼンシにナイフを突きつけ、思いを貫いたあの日も。


己との関係を、真正面から見つめて言葉を紡いだあの夜も。


だからこそ、止められないと悟った。


「・・・賛成はしたくないが、行ってこい。シリ」


「ありがとうございます」

見つめ返して言葉を落とすシリが美しくて、グユウは目が離せなくなった。


「その・・・強さこそシリだ」

グユウが苦しそうに呟いた。


「それでは、シリ様が対応に行くと言う形でよろしいでしょうか」

ジムは最終確認のようにグユウの顔を見つめた。


グユウは複雑な顔をしながらうなずく。


「それでは離婚協議に同行する家臣ですが、婚礼の時に同行した家臣は、私、サム、ジェームズでした」

ジェームズは良しとして・・・サム、その身体では馬に乗れないですよね」


「申し訳ない」

サムと呼ばれた重臣は足を撫でながら謝った。

この前の争いでサムは怪我をしてしまったのだ。


「サムの代わりに代役が必要です」

ジムが話す。


「それならオーエンを希望します」


シリの声に、場が凍りついた。


オーエンはマサキの重臣であり、しかもミンスタ領に強い不信感を抱く人物。


誰もがその名を予想していなかった。


オーエン自身も、自分が選出される事に目を見開く。


シリは淡々と理由を述べた。


「オーエンはワスト領のことを第一に考えています。

何か・・・困った事があれば、オーエンはその事を念頭に対応するはずです」


そして、視線をまっすぐに向ける。


「そうですよね。オーエン」

オーエンを見つめながらシリは質問をした。


何も言えないオーエンにシリは迫る。


「それとも難しい?」

挑戦的な瞳でオーエンの暗灰色の目を覗き込む。


彼女の言葉が、最後の一押しとなった。


「承知しました」

頭を下げた。


「小休止しましょう」

ジムが提案をした。

誰もが疲れているように見えたからだ。



シリとグユウは隣に寄り添い、真面目な顔で低い声で何かを囁いている。

マサキは侍女にお茶を頼んでいた。


他の重臣達は廊下に出て口々に話し始めた。


「参りましたね」

「すごい妃だ・・・」

「あの瞳で見つめられたら・・・敵うはずがない」

ジェームズが面白そうに笑った。


オーエンだけが無言で佇んでいた。

隣にジムが立った。


「型破りで大胆不敵・・・」

悔しそうにオーエンは呟いた。


「次に何を言い出すかワクワクしますよね」

ジムはうなずく。


「男に産まれていたら、きっと・・・」

オーエンはその先を言えなかった。

シリを認めるようで言いたくなかった。


「私はグユウ様がすごいと思いますよ」

ジムが静かに話す。


「前例にないシリ様の提案を受け入れ認める。なかなかできる事ではありません」


オーエンは黙ってうなづいた。


小休止が終わり、再び会議が始まった。


「提案があります」

水を得た魚のように、シリが口を開いた。


前例なき交渉の幕は、いよいよ本格的に動き出す。


次回ーー


「もし命の危機に陥ったら、私を置いて逃げてください」

そう告げたシリは、さらに籠城戦の備えを語り始める。

塩、畑、石・・・妃の口から紡がれる現実的な戦術に、

重臣たちはただ圧倒されるばかりだった。


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