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裏切りの先に待つもの

「これからミンスタ領を征伐する」

グユウの文言に家臣達は力強くうなづき、鬨の声をあげた。


ワスト領の兵達は風のように馬を走らせていた。


城から出て2時間ほどで、ゼンシがいるシズル領の領境に辿りつく。


シズル領の北側に陽動部隊を配置し、ゼンシの注意を逸らした上で、

南から主力部隊が攻め入る算段だった。



「スパイから報告です。ワスト領がこちらにむかっています。我々を攻撃するつもりです」

ゴロクがゼンシに伝えた。


「ワスト領・・・。グユウか?」

ゼンシは信じられないという顔をした。


ミンスタ領はスパイがたくさんいる。


その情報網は正しい。


けれど、ゼンシは信じられない思いだった。


「あのグユウがワシに刃向かうことはない」

ゴロクの報告を軽く受け流した。


しかし、その後、次々と報告が上がってきた。


「ワスト領が軍を挙げています。我々の背後を襲うつもりです」

キヨが甲高い声で報告した。


「そんなバカな・・・」

ゼンシは信じなかった。


「嘘だ。ありえない。何かの間違いだ」

ゼンシは否定した。


「ゼンシ様、我々の方にも情報が来ています」

西領のジュンが報告した。


「近づいています」

南の方角を指差した。


遥か彼方から、多くの軍隊が押し寄せてきている。

旗印が見えた。


紺色、六角形の模様が白く浮かぶ。


・・・ワスト領だ。


「グユウ、シリ、裏切ったのか!!」

ゼンシは怒気を含んだ声で怒鳴った。


家臣達は炎のような激しい怒りに身を縮めた。


「どうされますか」

ジュンが落ち着いた声でゼンシに問う。


「考えるまでもない」

ゼンシは躊躇せず、すぐ撤退を決めた。


行きに通った街道はダメだ。


ワスト領が見張っているはずだ。


険しい山道を通り抜け、ミヤビまで逃げることにした。


ゼンシは勝てないと判断をしたら、

見えも外見も捨てて一目散に逃げる。

この柔軟な考え方がミンスタ領を強領にしてきた。


「キヨ、ゴロク、ジュンは、ここに残ってワスト領とシズル領を押さえろ」

家臣達に命じた。


ゼンシはわずかな兵を引き連れ逃げ出した。


「グユウ・・・次に会ったら、容赦はしない」


ーー絶対に許さない。殺してやる

信頼していた義弟に裏切られて、その青い瞳は怒りで燃えていた。


グユウが目的地に辿り着いた頃、ゼンシは逃亡しており、

残ったミンスタ領の家臣たちと争いを始めた。



「逃した」

トナカが忌々しそうにつぶやいた。


「あぁ」

グユウがつぶやく。


結果だけを語れば争いはワスト領・シズル領の勝ちだった。


敵を多く倒し、こちらの負傷者は少ない。

けれど、ゼンシを殺すことができなかった。


「グユウ・・・お前がいてくれて、本当に助かった」

「オレ達は、いつでも助けあっていたじゃないか」

グユウは目を細めた。


「苦労をかけた。シリは・・・どうした」

トナカは言いにくそうに質問をした。


「ミンスタ領に返した」

グユウは淡々と答えた。


トナカはグユウの顔を横目で見た。


凪いだ瞳をしているけれど、言わなくてもわかる。

グユウが傷ついていることがわかった。


「シリが・・・幸せに過ごせたらそれで良い」

グユウは自分を納得させるような言い方をした。


「必ずゼンシを撃とう」

トナカが手を差し伸べた。


「あぁ」

グユウはその手を強く握り返した。




翌朝、城へ帰る道中は、淡い春の日差しも風も心地よく吹いていた。


道ゆく草花は芽吹に溢れているのに。


グユウの心は深く沈んでいるように見えた。


グユウの寂しそうな後ろ姿を、ジムは気遣うような目で見つめた。


ーーグユウ様、辛そうだ。


争いには勝てた。

シズル領を守ることができた。


けれど、ゼンシを裏切ったので、後々大きな争いになるだろう。


ジムは、近づきつつあるレーク城を見つめた。


ジムは重臣としての務めと、

グユウに対する個人的な想いでいつも揺れていた。


ーーこれから、沈みがちなグユウに寄り添い助けてあげなくてはいけない。


もう、レーク城にシリはいない。


今まで遠くへ出かけるたびに、シリが笑顔で迎えてくれた。


グユウは、シリに早く逢いたくて帰路を急いでいた。


毎回のように、必要以上に馬を早く飛ばした。


グユウの馬の速度に合わせられるのは、ジムとオーエンしかいない。


『もう少し、馬のスピードを落としましょう』

ジムは苦笑しながら、グユウに注意をしたほどだった。


今日は、いつもより馬の速度が遅かった。


疲れていたのもあるだろう。


城に戻れば、シリがいないことを認めることになる。


大事な領地と家臣、それを引き換えにグユウが失ったものの大きさを実感する。


レーク城が見えた。


春の風が、ゆるやかに吹いている。

草木の匂い。馬の息づかい。

すべてが、争いの記憶から遠ざかっていくようだった。


城門が開く。


グユウは馬を降りた。

馬丁が鞍を外す気配も、どこか遠くの出来事のように感じられた。


玄関の扉へと向かう。

その一歩一歩が、異様に重い。


――もう、シリはいない。


わかっている。


だからこそ、急いでも仕方がないのだ。

この扉の向こうに、あの姿はいない。

何度も自分にそう言い聞かせてきた。


扉を押す。


その瞬間、


「・・・お帰りなさい」


静かな声が、風に溶けた。


目の前に――シリがいた。


白いエプロンをつけた、どこにでもいそうな、城の侍女のような姿。

けれど、その青い瞳だけが、すべてを物語っていた。


グユウは、言葉を失った。

息をすることさえ、忘れてしまった。


何も言えない。何も動けない。


ただ、立ち尽くしていた。


「勝利、おめでとうございます」

美しい青い瞳は、グユウを見つめている。


夢ではない。

けれど、現実として受け止めるには、まだ時間が足りなかった。


春の風が、ふっと室内に流れ込んだ。


グユウの影も、わずかに揺れていた。

次回ーー

「勝利おめでとうございます」


再会したはずのない微笑み。

逃したはずの妻が、なぜここにいる――。


温かな食卓と笑い声の中、

グユウの胸を締めつけるのは安堵か、それとも恐怖か。


やがて二人きりとなった寝室で、

避けては通れぬ問いが、静かに投げかけられる。


「シリ、どうして逃げなかったんだ」


明日の17時20分 逃したはず…何があった?

続きが気になった方はブックマークお願いします。

良い週末をお過ごしください。

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