冬の夜に、謝らないでって言ったら、抱きしめられた
2月 ワスト領は暴風で凍てついた湖の上をヒューヒューうなりをたてていた。
「こんな日は、あたたかい部屋にいるのが一番ね」
窓辺に立ちながら、シリはグユウに笑いかけた。
ガタガタ震える窓ガラスに鋭く雪を打ちつけた。
冬の間、グユウは領務が落ち着く。
城のあちこちで、仲睦まじい2人の姿を見ることができた。
「シリ様、モザ家から贈り物が届いています」
エマが声をかけた。
「モザ家から?」
ゼンシは南の方で戦っている。
その贈り物の主はシリの母からであった。
贈り物の箱の中には、ユウの衣装に相応しい真っ青な布地が入っていた。
「さすがモザ家・・・良い布です」
エマは感嘆のため息をついた。
産まれてくる子供を包むのに相応しい、柔らかく、雪のような真っ白な布も入っていた。
シリが2人目を妊娠したと知り、母が手配したのだろう。
「母上…」
結婚して1年半、柔らかな布に触れるとミンスタ領が懐かしくなった。
箱の底の方に比較的大きめな瓶が入っていた。
それは、シリの大好物である黄色のプラムの砂糖漬けが入っていた。
「ミニーがいれたのでしょうか」
エマが懐かしげに元同僚の名前を口にした。
「ミニーはシリ様の好物を知っていましたからね」
気心が知れた家臣や侍女達の顔を思い出す。
元気にしているだろうか・・・
ゼンシと敵対することになれば、母とも、彼女たちとも刃を交えることになるかもしれない――
それは、どうしても避けたい未来だった。
◇
冬の夜は、寝室のソファーに座ってお茶の時間をすることが多い。
シリは、太陽のような色をしたプラムをグユウの皿にそっと置いた。
「私の好物なんです」
甘酸っぱくて、とろける舌触り。
紅茶と一緒に食べると最高に美味しい。
「・・・美味しいな」
「ふふっ、でしょう?」
しばらくの沈黙のあと、シリはおずおずと上目遣いで切り出した。
「グユウさん、お願いがあるんですけれど・・・」
「どうした」
グユウは、2つ目の砂糖漬けを口に入れながら聞いた。
「夜の後に・・・謝るのやめません?」
グユウはむせた。
彼は毎回、行為のあとに「すまない」と謝る癖があった。
シリには、その理由がずっと引っかかっていた。
「シリ・・・どうして?」
グユウは、真っ赤な顔で質問をした。
赤い顔の理由は、むせているだけではなさそうだ。
「グユウさんは、いつでも“すまない“と謝ります。どうしてですか」
グユウは無言のまま返答できずにいた。
「毎回、疑問だったのです。でも・・・終わった後は質問する余力がなくて・・・」
今度はシリの顔が赤くなってきた。
「その・・・優しくしたいと思っているけれど・・・辛抱ができない時もある。無理をさせている」
グユウはどもりながら懸命に答えた。
「それなら、謝らなくてよいです。どうせ言うのなら・・・違う言葉の方が・・・」
シリの声は、だんだん小さくなってきた。
勢いに任せて、変な質問をしてしまった。
「それでは・・・何と言えばいいのか」
「えっ、それ、私に聞くんですか?」
呆れたように言いながらも、シリは言葉をつなぐ。
「謝るんじゃなくて・・・ありがとうとか、良かったとか、好き・・・と・・・」
自分で口にしておいて、恥ずかしくなってきた。
「もうっ、こんなこと言わせないでください!」
ぷいと顔を背ける。
「シリの方から誘ってきた」
グユウは颯爽と立ち上がって、シリの手をとりベットに誘う。
「グユウさん! そういう意味で話したわけではないです」
シリは真っ赤な顔をして否定する。
何か言おうと口を開けると、グユウはその口を唇で塞いだ。
◇
そして二月の半ば、ユウは一歳を迎えた。
一歩、二歩とよちよち歩くようになり、白い幼児服に身を包んだその姿は、まるで天使のように愛らしい。
真っ青な瞳、長いまつ毛、まっすぐな金色の髪、
シリ、そっくりのユウはグユウのお気に入りだった。
「シリ様の幼い時にそっくり」
エマは目尻を下げて、ユウを愛おしげに見つめる。
グユウの父・マサキも、ついに頑なだった態度をやわらげた。
「この子は特別な子だ」
ユウを膝に乗せて目尻を下げるようになった。
マサキの様子をみて、重臣オーエンは顔をしかめた。
シリに心を寄せる家臣が、少しずつ増えている。
ーーオレは、あの妃には絶対に従わない。
オーエンは内心でそう誓った。
◇
ワスト領の会議では、ゼンシに与するか、離反するかで家臣たちの意見は割れていた。
どちらの陣営も一歩も引かず、議論は紛糾するばかり。
シリは白黒つかぬ状態が好きではなかった。
物事をハッキリ決めたほうが、気持ちが楽だ。
「いい加減、ハッキリ決めてほしいです」
グユウに愚痴った。
「この世の多くは、白とも黒ともつかぬ状況の方が多い」
グユウは達観した意見を述べた。
「揉めているのは平和な証だ」
「・・・そうですね」
「様子を見て、どうするべきか決めていく。これも一つのやり方だ」
「グユウさんは気が長いのですね」
シリはお手上げと言わんばかりに肩をすくめる。
「気の長さくらいしか、ゼンシ様に勝てるところはないからな」
ふたりは微笑み合った。
冬の日々は、愉快に、なめらかにすべって行った。
シリにとって、1日1日と重なってゆく日々は金色の玉のように感じていた。
その年の冬は、シリにとってーー最も幸福な冬となった。
だからこそ、怖かった。
この幸せが、ずっと続くものではないような気がして。
出産まで、あと二か月。
明日から物語が大きく動きます。
次回ーー
春の陽光の中、シリは二人目の子を無事に出産した。
歓びと安堵に包まれるレーク城。
だが、遠く王都ではゼンシが国王の許可を得ていた。
次に芽吹くのは、花ではなく戦の炎。
幸福な春の影に、忍び寄る足音があった。
明日の17時20分 「子が生まれた夜に、戦の許可を得た」
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