表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/227

子を授かり、初めて気づいた。兄は人でなし、でも味方にすべき男だった

「妊娠したの!来年の4月に赤ちゃんが産まれる!」

シリの報告にグユウは目を見開いた。


一拍遅れて、グユウは彼女をぐっと抱きしめ、思わず唇を重ねた。


何も言葉が出なかった。


ただ、抱きしめる腕に想いを込めた。


「ゴホン」


ジムの控えめな咳払いが現実を連れ戻す。


グユウは我に返ると、はっとしてシリを離した。

照れたように目を逸らすその顔は、耳まで赤くなっている。


驚いたのはシリの方だった。

あの無口で、感情をほとんど表に出さないグユウが。


しかも、昼間の書斎で。


ジムとエマの前で――。



「シリ様 おめでとうございます」

そう言い残し、ジム、そしてエマは席を外した。



廊下を歩きながら、エマがつぶやく。


「まだ、身体が回復してないと思っていたんですよ」


「ユウ様は生まれて半年・・・。早い妊娠ですね」

ジムはうなずいた。


「シリ様のお母様は、お子を6人産んでいます。その辺は・・・似ているのでしょうね」

エマは、シリの身体を心配していた。


「仲が良いのは良いことです」

ジムは微笑んだ。



書斎に残されたふたりは、再び顔を見合わせた。


「シリ、少し休め」

グユウはソファーに座り、膝を軽く叩いた。


シリはためらうことなく彼の膝に横たわり、顔を乗せる。


そして、恍惚とした顔で目を細めて言った。


「幸せだわ」


あの時――最初の妊娠のときは、報告することすらできなかった。


子の父が、誰なのかも分からなくて。

不安と罪悪感で、胸が潰れそうだった。


それなのに今は、こうして言葉にできて、受け止めてくれる人がいる。


「男の子がいいな」

ぽつりと呟いた。


妃として、世継ぎを求める周囲の声があることは承知している。


「オレは、どちらでも良い」

グユウはシリの艶やかな髪を不器用に撫でた。


その手つきが愛おしかった。


「楽しみです」

「あぁ」


2人は見つめ合い、そっと唇を重ねた。



しかし、幸福の余韻は長くは続かなかった。


翌朝から、シリの体調は激しく崩れた。


朝起きてから、眠るまで吐き気が続いた。

横になって、目をつぶると身体が揺れているようで気持ちが悪い。


それが日を追うごとに、ひどくなってきた。

食べ物は愚か、水も受け付けなくなった。


エマは必死になり、手を尽くした。


「シリ…せめて、水ぐらいは飲め」

グユウはお願いするように言った。


グユウの頼みなので、頑張って飲むけれど、すぐに戻しそうになる。



そのような体調が続いても、シリは幸せだった。


ユウの時は、つわり症状がなかった。

この不調は、グユウとの子の証のようにシリは捉えていた。


しかし、その状態が10日以上続いた。

シリの身体はみるみるうちに細くなった。


グユウの瞳は心配と不安で陰った。


医師に診せても、“時が経つしかない“という回答だった。

その“時“とは、いつぐらいなのか。

グユウは医師に質問をしたが、こればかりは誰にもわからないことだった。


2人の日課であった夕方の散歩は、しなくなった。

夕方になると、シリは起きていられなくなるからだった。


その代わり、朝に散歩をすることにした。


比較的、朝はシリの体調が落ち着いているからだった。


「歩けなくなったら、どうするつもりだ」

そう心配するグユウをよそに、シリは首を横に振る。


「・・・外に出たいの。ほんの少しでいいから」


その願いに、グユウは黙って付き添った。


歩幅を合わせ、何度も休憩をはさみながら散歩に行く。


グユウは、シリをショールで包み馬場にある倒木の上に座らせた。


朝日が水面を金に染める。


「ここの景色が1番好き」

シリがぽつりと呟いた。


「・・・あぁ」


短く応じたグユウの横顔を、シリはじっと見つめる。


ふいにシリが質問をした。


「トナカさんと何かあったのですか?」

シリは真っ直ぐにグユウを見つめた。


グユウの目が見開く。

その質問に答えることができなかった。


「何かあったのですか?」

シリは再び質問をした。


あの夏の日、別れの挨拶が不自然だった。


2人に何かあったことをシリは気づいていた。

けれど、体調が悪く、そこまで気がまわらなかった。


しばらく沈黙が続いた後、グユウは静かに話した。


――トナカは、ゼンシに「国王へ挨拶するように」と命じられている。

だが、それを拒んでいる。

つまり、シズル領は反ゼンシ側につく。


「そして・・・トナカは、ワスト領はゼンシ側につくと、思っているようだ」


「争いが始まる前に、楽しい思い出を残しておきたかったらしい」


グユウの言葉に、シリは静かに頷いた。


「・・・グユウさん。ワスト領は、どうするつもりですか?」


「・・・まだ定まってない」


その返答に、シリは深く息を吸い込んだ。


「私は・・・兄上についてほしいです」

シリはグユウの顔を見て伝えた。


「シリ・・・」

グユウの瞳は“なぜ?“と問いかけていた。


シリはゼンシを憎んでいる。

グユウはそんな認識でいた。

そのシリが、ゼンシ派についてほしいと言っている。


「・・・子供を授かって、わかったのです」


シリは、お腹に手を添えた。


「この暮らしを、守りたい」

シリの瞳は強い決意が揺らいでいた。


「兄上は・・・人でなしです。でも、味方ならこれほど頼れる者もいません。敵に回したら、私たちは・・・」


グユウも、子供たちも。

守れなくなるかもしれない。


「グユウさん、お願いします。兄上についてください」

シリの瞳は切実だった。


2人はお互いを見つめていた。


グユウは遠くを見つめ、小さなため息をついた。


領主として覚悟を決めたようだ。


シリの肩に手をのせ引き寄せた。


「シリ・・・わかった」

グユウはつぶやく。


「ゼンシ様の味方になるように、家臣達を説得してみせる」


次回ーー


「妊娠したの!来年の4月に赤ちゃんが産まれる!」


シリの報告に、寡黙なグユウは言葉を失い――ただ強く抱きしめ、唇を重ねた。


束の間の幸福。

だが翌日から、シリの体調は激しく崩れる。


命を宿した母の決意に、グユウは静かに頷いた。

運命の舵は、いま大きく切られようとしていた。


明日の17時20分に更新します。つわりとお願い

続きが気になる方はブックマークをお願いします。

読んでくれてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ