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惚れた女の兄が人でなし

「笑うと瞳が見えなくなるのよ」


シリは恍惚とした顔でユウを抱き上げ、

小さな丸い頬に自分の頬をすりつけてぞくぞくするような喜びを味わった。


金色の巻き毛がくるくると頭にまきついている。


8月、ユウは産まれて半年になった。


レーク城の周辺には咲き競う花で輝いていた。


夏の終わりにシズル領の領主、トナカがレーク城に遊びにきた。


滞在期間は3日間。


その3日間は、争いや不安、心配、焦りを心の底に沈め愉快に過ごしたい。


シリはグユウに提案をし、グユウの賛同を得た。


3人は領主、妃という立場を忘れ、若者らしくはしゃいだ。


領地を馬で駆け抜け、野いちごを摘んだ。


せわしなく動くシンとも一緒にピクニックをした。


シンは草の上をふらふら歩き、小さな指で花をちぎっては、得意げにこちらを振り返る。


その無垢な笑顔に、シリの頬が自然とゆるんだ。


ーーこの子がいれば、どんな未来も乗り越えられる気がする。


そんな錯覚を、シリは何度も味わった。


ビロードのような夕闇の中、3人で過ごし、

夜になると金色に光る月の下で湖周辺を散歩した。


夜遅くまで、レーク城の客間の椅子に座り、

3人は幸せで聡明な若い人々が見つける事柄について話し合った。


その3日間は魔法にかけられたような日々だった。


シリは花がほころぶように笑い、その笑い声は金色の鈴のようだった。


あまりの華やかさにグユウは、眩しいものを見るように目を細めた。


トナカが帰る日の朝、少しだけ風が冷たくなった。


秋が近づいてきたことを知る。


「あまり良いことは長続きしないわ・・・」

シリはかすかにため息をついた。


身体がだるく、熱っぽい。


ーーはしゃぎすぎたのかもしれない。




「グユウ、2人で話さないか」

朝食後に、トナカが真面目な顔でグユウに声をかけた。


馬を走らせ、湖のほとりに立った。


シリに聞かせたくない話は、いつもこの場所だった。


「ゼンシから手紙がきた」

「・・・手紙?」


「あぁ・・・早く国王に挨拶するようにとのことだ」


グユウは早々にゼンシと共に国王に挨拶をした。


ところが、トナカは挨拶をしていなかった。


「トナカ、悪いことは言わない。早く国王に挨拶をした方が良い」


「俺はしない。国王に挨拶をしたらゼンシの臣下に組み込まれる」

トナカは頑なだった。


反ゼンシ派の領主達は国王の挨拶をしなかった。


「国王への反逆罪として、ゼンシ様に攻め込まれるぞ」

「あぁ」


「東領の領主も挨拶に行かなかった」

「知っている」


そこまで話すとグユウは何も言えなくなってしまった。


トナカの決意は固い。


「そのうち国王は、自分がゼンシの操り人形だと気づくだろう」

預言者のようにトナカは呟く。


「そうなれば、ゼンシの勢いは終わる」

トナカはグユウの顔を見つめながら話す。


「俺は・・・シズル領はゼンシの命令に従わない」

トナカの決意にグユウは何も言えなかった。



「グユウ、ワスト領はどうなんだ」

「・・・いまだに定まってない」


「グユウ、お前の気持ちは?」


「・・・ゼンシ様につきたい」


「ゼンシのどこが良い?あんな人でなしの、どこを尊敬しているんだ」

グユウの答えにトナカは吠える。


「それは一言では言い表せない。領主としては尊敬している」

グユウは淡々と答えた。


「そうなのか・・・」

納得できぬ顔でトナカは頷く。


「けれど・・・1人の男としては好いてない」

トナカは、グユウの瞳の奥に怒りが渦巻いているのを感じた。


ーー珍しい。グユウが感情を出している。


トナカは息を呑んだ。


グユウは目を閉じ感情を抑えた。


「グユウ、長い付き合いだ。俺にはわかる。

シリに惹かれるように、ゼンシにも惹かれているのだろう」



「それはよくわからない」


「俺はゼンシに会った事がない。ゼンシとシリは似ているのか?」


「似ている」

グユウは即答した。



「シリは特別な何かがある。人を惹きつける何かが…ゼンシもそうなんだろう」

トナカがつぶやいた。


それは生まれ持ったものであって、意図的に身につくものではない。


ゼンシもシリも人を惹きつける何かがあった。


そこにいるだけで独特の雰囲気を醸し出し、一度、目が合えば吸い込まれそうになる瞳。


断固たる決意と信念、人を惹きつける話し方、微笑み、激しい気性・・・。


「・・・そうだな」

トナカの指摘にグユウは腑に落ちた。


「この3日間はとても楽しかった。ひょっとしたら、これで逢うのが最後かもしれない」

トナカはつぶやく。


「最後?」

グユウが驚いた顔をする。


「ワスト領はゼンシ派につくと予想している」

トナカは静かに話した。


「それは・・・」

グユウは返答に詰まった。


「グユウはシリにベタ惚れだ。シリを悲しませる選択はしないだろう」


トナカはずっと前から気づいていた。


ーーシリに惚れ抜いているグユウが、ゼンシに従うことを。


それは自分が進みたい道と方向が違う。


いつか、ぶつかることになるだろう。


お互い争うことになれば、こうして会うことや話すことができない。


だからこそ、最後に楽しい思い出を作りたかった・・・。


「グユウ、進む道は違うけれど・・・俺たちは良い友人だ」

トナカはグユウの肩に手を置いた。


「トナカ・・・」


「シリと結婚する時に、シズル領のことを考えてくれて嬉しかった」

「オレは・・・何も・・・」


「お互い、頑張ろう」

トナカはグユウを見つめ手を差し出した。


「あぁ」

グユウは声を絞り出して、その手を握り返した。


だが、握ったその温もりは、砂のようにこぼれ落ちていく気がした。


楽しい3日間の記憶は、やがて訪れる嵐の前触れにすぎなかった。

次回ーー


別れ際に交わした抱擁、そして夜の熱。

翌朝、シリの身体はだるさに包まれていた。


けれど医師の診立ては、ただの疲れではなかった。

次回ーー


歓喜に震え、書斎へ駆け込むシリ。

告げられた知らせに、グユウの瞳は大きく揺れる。


それは、二人にとって運命を変える始まりだった。


小説にチャレンジして1ヶ月、気がついたら50話まで書いていました。

読んでくれる人がいて嬉しいです

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