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ユウと名づけた日

 

古い年が美しく去り、新しい年になった。


「もっと、お腹が出るものだと思っていた」

シリは膨らんだお腹をさする。


「子供は小さいのかしら・・・」

「シリ様は背が高いので、お腹が目立たないのですよ」

エマはそう話したけれど、心の中では心配していた。


妊婦の体は時に予測のつかない変化を見せる。

それを一番心配しているのは、グユウだった。


夜になると、彼は静かにシリのお腹に手を当て、

「まだか」

まるで胎内の子に語りかけるように問うた。


その真剣な顔が面白くて、シリは思わず笑ってしまう。


温暖なミンスタ領で過ごしていたシリにとって、ワスト領の寒さは厳しく感じた。


かじかむ指先を見ては、シリは何度もため息をついた。


その手をグユウはそっと両手で包み、口元に寄せて温かな息を吹きかける。


その仕草が嬉しくて、シリはつい「寒いです」と何度も口にする。


嘘だと知っていても、グユウは同じように手を温めてくれた。




義理の息子 シンは1歳になった。


シリがシンを抱き上げては頬ずりし、甘い言葉をささやく姿に、

グユウは驚いた顔を見せることもあった。


赤ん坊を愛おしげに見つめるその眼差しに、彼女自身が戸惑うほどの深い感情が宿っていた。


冬の間、グユウは城内にいることが多くシリは幸せだった。

月日は、忙しく、楽しく、飛ぶように過ぎていった。



予定日の2月になった。


起きてみると、シリは世界がすっかり変わっていることに気がついた。


夜の間に静かに積もった美しい雪が凍てつくような朝日にきらめいていた。


出産が近づくにつれ、シリの不安は増してきた。


お腹の子の父親はグユウなのか、ゼンシのなのか。


子供の顔を見るまでわからない。


お腹の子はグユウに似てほしい。


そればかり願っていた。


ある日の午前中、少しずつお腹が痛むようになってきた。


うずくまるシリの様子を見て、グユウは領務ができなくなった。


医師と看護師を呼び寄せ、じっと部屋の前で様子を伺うことしかできなかった。


夕方、澄んだ空は赤く夕焼けをし、星が出てくる頃、レーク城は色めき立った。


2月の夜は長かった。


書斎で待つことしかできぬ、グユウにとって無限に長く感じた。


「いつになったら終わるんだ」

書斎で椅子にもたれながら、グユウはぽつりと呟く。


その声は、誰にも届かない。


彼の傍にいた医師とエマも、沈黙を破ることができずにいた。



やがて――


夜明けの静寂を破るように、赤ん坊の元気な産声が城中に響き渡った。


「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」

医師が笑顔で伝えた。


祝福の嵐の中、湯で洗われ、白い布に包まれ、

シリの傍にそっと赤ん坊は置かれた。

今は泣き止んで小さな口をモゾモゾと動かしていた。


苦痛の洗礼を受けたため蒼白な顔をしていたシリは、

おそるおそる赤ん坊の顔をのぞいた。


赤ん坊の頭全体におおった髪は金色で淡く光っていた。


糸のように細い目がゆっくりと開いた。

赤ん坊と目があった時、シリは溢れ出る涙を止めることができなかった。


美しく深い青色の瞳。

シリとゼンシの特徴でもあるモザ家の瞳だった。


その瞳は再び閉じられてしまったけれど、

間違いなくゼンシとの子供だとわかってしまった。


シリは出産の痛みが残る身体を震わせ泣きじゃくった。


「触れられない・・・」

掠れた声が唇からこぼれる。


「グユウさんに、どう顔を向ければいいの・・・」


背中をさすっていたエマも、言葉を失っていた。



グユウが静かに部屋に入ってきた。


その瞬間、エマは赤ん坊を抱き上げた。

赤ん坊の顔をグユウ様に見られたくない。

咄嗟の判断だった。


「シリ・・・頑張ったな」

優しい声だった。


グユウは、シリのベットまで来てくれた。


シリはグユウの顔を見ることができず布団をかぶった。



「エマ、赤ん坊を抱かせてもらえないだろうか」

グユウが静かに頼んだ。


「シリ様・・・」

エマは声を震わしてシリの判断を委ねた。


以前、グユウは"シリが産めばオレの子供だ''と話してくれた。


けれど、この瞳を見れば、彼もきっと真実を知ってしまう。

それでも。


覚悟を決めて、シリは顔を上げた。



「エマ、グユウさんに赤ん坊を抱かせて」


エマがグユウの腕に赤ん坊をそっと渡した。

生まれたての赤ん坊は、金色の柔らかい髪をしていた。


瞳は深い青色だった。

無垢な瞳で、グユウの顔を見つめていた。


グユウは目を細め、

柔らかく、暖かく、良い匂いがする赤ん坊をぎこちなく抱きしめた。


「シリ。俺が望んでいた子供だ」

そう言って、彼は初めて父となる顔を見せた。


「この子は母親に似て美人になるだろう」

グユウが満面の笑みを浮かべた。


「グユウさんっ」

泣き出すシリの顔を優しく見つめる。


「シリ、可愛い赤ん坊だ。抱いてみろ」

赤ん坊をシリにそっと手渡した。


「可愛い・・・」

腕の中でうごめく赤ん坊を抱いて、シリは泣きながら笑った。


グユウはそんなシリの肩を抱きながら微笑んだ。



「この子の名前だが・・・」

グユウはそっと赤ん坊の頬に触れた。


「ユウと名付けたい」

「ユウ?」

「オレの名前からとった。グユウの“ユウ“だ」


すやすやと眠る赤子は、幸福そのものの顔で夢を見ている。

長い睫毛が、頬に影を落としていた。


「・・・素敵な名前です」

シリの瞳から再び涙が溢れた。


「オレたちの子供だ。可愛いな」


2人は手を握り合い、黒い瞳と青い瞳に溢れ出た涙の中から微笑みを交わした。


白い霜が降りた、清らかな冬の朝。


レーク城の小さな部屋に新たな命の光が、静かに灯った。





次回ーー


出産から半月。

ミンスタ領より届いたのは、兄ゼンシの書状だった。

「いずれ顔を見に伺おう。その時は、よもや他人の子と間違えぬように」

——胸を刺す一文に、シリは震える。近づく影の気配を感じながら。


明日の17時20分に更新します  昨日もブックマークをしてくれた人がいました。ありがとうございます!

毎日更新頑張ります!

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