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新しい時代を作る人

翌日、グユウとシリは湖のほとりにいた。


シリはミヤビで起きた出来事を知りたかった。


城内では誰が聞いているかわからない。


馬車を走らせ、城の外で話した方が安心だった。


シリは大きな枝をさしのべた木の下に立ち、

銀色のショールをまとい、まっすぐロク湖を見つめていた。


空は鉛色で吐く息が白く指先がかじかむ。


グユウは湖のほとりの倒木の上に座り満足そうにシリを眺めていた。



「シリ、座らないか」

「ええ」

寒いのでグユウにぴったりと寄り添った。



「兄上は副王を辞退したのですか?」

シリの声がロク湖に響く。


「あぁ。国王、自らが持ちかけた話を断った。シリ・・・どう思う?」


「兄上は・・・滅びゆく国王での地位など興味がないのだわ」

シリは拳を握りしめた。


「国王の名前を使って領土を広め、いずれ国王を追放するつもりだわ」

シリは真っ直ぐな目でグユウを見つめた。


「・・・だろうな」


「いや。たぶん気づいていない。気づける人なら、もう少し違う選択をしていたはずだ」


沈黙が、二人の間に差し込む。


結婚前から、ゼンシが国王に会いたがっていたことは知っていた。


ーーでも、まさか・・・本気で国を乗っ取るつもりだったなんて。


「兄上は今、ミヤビで何をしているの?」


「国王のための新しい城を建てている。表向きは“献上”という名目だが」


「その資金は?」


「各領に請求している。ミンスタ領を拠点に」


「・・・納得しない領主も、きっといるはずよ」


「いるだろうな。だが、金を出さなければ“国王に反逆するのか”と問われる。揺さぶりだ」


シリは唇をきゅっと噛んだ。


ーーこのままだと、戦になる・・・。


グユウと共に、シンと、もうすぐ生まれる子どもと、静かに暮らしたいだけなのに――


その時、ジムが後ろから声をかけてきた。


「シズル領主 トナカ様が来られています」


「トナカが?」

突然の訪問にシリは不思議そうな顔をする。


「シリと同じくらい、オレの帰りを待ち侘びていただろう」

そら来た、と言わんばかりにグユウの瞳は動いた。


「オレがゼンシ様と一緒に、ミヤビに行ったから詳細を知りたいはずだ」


3人は久々の再会を喜んだ。


「いっぱい食べて元気な子を産め」

トナカはシリにたくさんのプレゼントを持ってきた。


シズル領から持ち帰った、香ばしい燻製の魚や干し果実の数々――

どれも、港町らしい品々だった。


だが、ゼンシの妹がそこにいては本題に入りにくいだろう。


「お昼を一緒に食べてくださいね」


笑顔でそう言い残し、シリは静かにその場を離れた。



「子供は何月ごろ産まれるんだ?」

「あと2ヶ月くらいだと思う」


「あっという間に妊娠したんだな」

トナカの発言にグユウは黙ってうなずいた。


「第2夫人を娶らないのか?」

グユウは再びうなずいた。


「グユウらしい」

トナカがふっと笑った。


「ゼンシ様の事を知りたいのだろ」

「あぁ。この前ゼンシから手紙が届いた。王の城を作るから金を要求してきた」


「もう届いたのか」

「ゼンシの言いなりで金を送るのは癪だ」

トナカは語気を強めて、湖にむかって石を投げた。



「トナカ、悪いことは言わない。金は送った方が良い」

グユウの忠告にトナカの返事はない。


「ワスト領は送った。国王に対する反乱と思われないようにした」

トナカの表情は不満でいっぱいだ。


「金は送るけれど・・・気に入らないな」


「ワスト領の家臣達も反発を抱いている」

グユウはわずかに眉毛をひそめた。


「グユウ・・・大変だな。家臣達とシリの板挟みなんだろう」


ーーーーーーー


昼食はトナカから貰った魚の燻製が出てきた。


独特の風味と濃厚な味にシリは夢中になって食べた。


「美味しい・・・!」


「いっぱい食べろ」

グユウとトナカは声を揃え、その後笑った。


シリの腹は小さかった。

二人はそれを心配していた。



「俺の妻があれぐらいの時は・・・お腹はもっと大きかった」

トナカが言うと、グユウはちらとシリを見た。


昼食後、トナカは急いで帰り支度を始めた。

今にも雪が降りそうな気配だった。


「トナカ、春に会おう」


「あぁ、シリ、身体に気をつけて」

トナカはシリにむけて微笑んだ。


「雪が積もる前に会えて良かった」

グユウが送り出す。


「また逢おう!」

トナカは旅立った。


大きな羽毛のような雪が舞い落ちてきた。


彼の背が見えなくなってから、シリはそっと問いを口にした。



「グユウさん、兄上と一緒にいて・・・辛くないのですか」


ーーこの質問をするのは怖かった。


でも、質問せずにいられない。


グユウは感情の起伏がない。

ゼンシとシリの関係性を考えれば、グユウにとって面白くないだろう。


数日だけではなく、1ヶ月以上共に過ごしている。


そこに憤りはないのだろうか。


どうして、グユウさんは淡々と接しているのだろう。


シリはそれが不思議だった。


グユウは、長く黙っていた。


そしてぽつりと、呟いた。


「すごい人だった」



「すごい・・・?」


「前に進むことに、何一つ迷いがない。普通の人間なら、周囲を見て立ち止まる」


「普通の人間は揺らぐ。周囲の声や反応が気になる」


「ええ・・・」


「けど、あの人はそれがまったくない。自分の信じた方向へ、真っすぐだ」


「・・・領主としては、確かに頼りになります」


「大胆で、型破りで、恐れ知らず。シリに似ている」

グユウの目が細められる。


シリは思わず笑いかけ、でもすぐに表情を引き締めた。


「新しい時代を作る人は、ああいう人なのだと思う」

静かにグユウは話した。


その言葉は、静かに胸に沈んでいった。


「新しい時代・・・」

シリが呟いた。


「そうだ。時代を変えたくない者は、あの人を嫌う。だが、変えたい者には、あの人が必要になる」


見上げる空から、雪が絶え間なく降り始めた。


「冷えるな。戻ろう」


グユウはシリの手を取り、そのぬくもりをしっかりと握りしめた。


出産まで、あとわずか――

時代の大きなうねりの中で、彼らは今も静かに歩いている。


次回ーー


雪の朝、シリは娘を産んだ。

金の髪と青い瞳――残酷な真実を抱えて。

それでもグユウは微笑み、「ユウ」と名付けた。

涙と赦しの中で、新たな命が輝き始める。



明日の17時20分更新します 出産 子供の父親は…

昨日もブックマークありがとうございます。

嬉しいです。毎日更新頑張ります!


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