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番外編 寡黙な夫 妻のお土産にドレスを選ぶ

番外編 寡黙な夫 妻のお土産にドレスを選ぶ


花の都 ミヤビ。


グユウはゼンシに付き従い、国王への拝謁に同行していた。


ゼンシは密かに身構えていた。


弟君であるこの男が、いつか己に怒りをぶつけるのではないかと。


妹と関係を持った兄など、世が世なら斬られて当然。


だが、実際のグユウは、どこまでも静かだった。


凪いだ湖のような瞳、整った顔立ち、礼を失わぬ口調――

あの夜のことなど、何もなかったかのように振る舞っていた。


ゼンシもグユウも酒を嗜まない。


夜は静かに対話を交わした。


語る内容に、シリの名が出ることは一度もなかった。


あえて避ける。


それが彼らの無言の了解だった。



ミヤビへの滞在期間が続き、グユウは疲れている様子だった。


国王との挨拶、周辺の領主との付き合いが続く。


休む暇がなかった。


ゼンシの家臣たちとお酒を飲むと、ハゲネズミのキヨによく絡まれた。


キヨはシリにずっと憧れていたようで、酔いがまわると下品な質問をしたり、ネチネチと嫌味を言う。


家臣のゴロクは何も言わず、グユウとキヨの会話に聞き耳を立てていた。


間接的にシリの話を聞きたいのだろう。


疲れた顔をしているグユウに、

ジムが気分転換にミヤビの街を散歩するように勧めた。



夕方、街へ出てみると、おびただしい人の群れがおり、目が回りそうになる。


グユウはますます疲れたように見えた。


ふと、目を向けると美しい布が目に飛び込んできた。


そこは、女性向けの洋品店で店頭に色とりどりの布地が並んでいた。


グユウは店頭に飾られているピンク色の布地に惹かれた。


淡く輝く桃色。


まるで春の花びらのような色合い。


送りたい女性がいるのだろう。


しかし、口下手なグユウが女性用の布地を買うことは、戦に出るのと同じくらい大変なことだった。


散々、店の前に立ちすくみ、悩み、勇気を出して入店した。


安易ならん試練をくぐるような顔つきをしていた。


洋品店の店員は残念ながら女性だった。


男の店員だったら良かっただろうに。


女店員は、大きなクリクリした目をして、にっこりと魅力的な笑い方をした。


その耳には大きなイヤリングをしており、彼女が動くたびにキラキラ光っていた。


彼女を見ただけでグユウは立ちすくんでしまった。


「何がご希望ですか?」

女店員はテキパキと愛想よく質問をした。


長い沈黙が続く。

女店員は怪訝な顔をした。


「何でもない」

ボソリと言い残して一目散に洋品店を出た。


帰りの道中、グユウはため息をついた。


次の日も、次の日も洋品店に行ったけれどお店に入ることはできなかった。


ーーあの布地が売れてしまう。


グユウは焦っていた。



ーーーーーーーーーーーーー


西領の領主 ジュンはミヤビで買い物を楽しんでいた。


たくさんの人混みの中で、背の高い男が立ちすくんでいた。


人目を引く端正な顔立ちの男・・・


すぐにワスト領の領主 グユウ・センだと気づいた。


ーーシリ様のご主人。


「グユウ殿、偶然ですな」

笑顔で声をかけた。


声をかけられ、振り向いたグユウは捨てられた子犬のような顔をしていた。


「グユウ殿、どうされました」


ーーゼンシ様と何があったのだろうか。


それは取り越し苦労だった。


グユウは洋品店を見つめ呟いた。


「店に入れない・・・」


気のいいジュンは、すぐさま悩み抜いているグユウの重荷を軽くしてくれた。


「奥方様の布地を選んでいるのですか?私が良いようにはからいましょう」

笑顔で肩を叩いた。


グユウの表情はパァと明るくなり、ジュンと一緒に洋品店に足を運んだ。


「奥方様は何人いるのですか」

ジュンは質問をした。


何着分の生地を買うか知りたかった。


「・・・シリだけだ」


「第2夫人を娶らないのですか?」

ジュンは驚いた。


グユウはコクリとうなずいた。


「そうですか・・・。シリ様ならこの色はいかがでしょうか。よく似合うはずです」

ジュンは淡い水色の生地を選んだ。


「シリには・・・この色をプレゼントしたい」

グユウは、目をそらしながら、恥ずかしそうに言った。


「はぁ〜これもまたお似合いでしょうね」

ジュンが言うと、グユウは嬉しそうにコクリとうなずいた。


女店員とジュンはテキパキと布について相談をしていた。


ジュンはシリと面識があるので、シリの身長を伝え、

女店員はそれに合わせて生地の裁断をしていた。


ジュンがいなければ、この買い物はできなかっただろう。


大事そうに荷物を抱えたグユウは、不器用に何度もジュンにお礼を伝えた。


「何から何まで・・・助かった」


「グユウ殿は優しいお方だ。シリ様は幸せ者ですね」

ジュンは心から伝えた。


「オレの方が・・・幸せだ」

グユウはそう言って別れた。


不器用で、寡黙で、それでいて真っ直ぐな愛。


ジュンはグユウに対して、そんな印象を持った。


ミンスタ領にいた時のシリの顔を思い出す。


かつてミンスタ領で見た、冷ややかな眼差しの女性――


彼女に逢わなくても、グユウと触れ合ったことでわかる。


きっと今は、あの瞳もあたたかく笑っているに違いない。

明日の17時20分ーー


湖畔で語らうシリとグユウ。

「兄上は副王を辞退したのですか」

「新しい時代を作る人は、ああいう人だ」


ゼンシ――恐れ知らずに時代を動かそうとする炎のような存在。


出産を控えるシリの胸に広がるのは、夫への愛と、迫りくる時代のうねりへの不安だった。


「新しい時代を作る人」


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