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離れて、なお深く


夕闇迫る小径を歩いているシリがつぶやいた。

「グユウさん、素敵でしたよ」


家臣達の会議は終わり、シリとグユウは日課の1つである夕方の散歩をしていた。


2人の前に広がる湖の先は、紫色の静寂に包まれていた。


「・・・1年分は話した」

グユウは疲れた声をしていた。


「私が考えた案と言わなくても良かったのに」

シリはグユウを見上げる。


グユウは優しげにシリを見つめた。

見つめられシリの頬に血が集まる。


ーーやっぱりかっこいい。



「オレには考えられないことだ」

そっと呟く。


「急に言い出したら変だろ」


「そういう正直なところも好ましいです」

グユウの口元が少し緩んだ。



明日、グユウはゼンシと共にミヤビへ向かう。


ーー国王に謁見すること、それは領政にとって大きな意味を持つ。


しかし、ゼンシが権力を得れば、この国はどうなるのか。


周辺領主の中には、彼に強い反発を持つ者もいる。


シリの不安は尽きなくなってきた。


「シリ」優しい声が上から降ってきた。


見上げると、グユウが優しい顔でシリを見つめている。


「あまり考えるな」

シリは黙って頷いた。


「戻ろう。冷える」

グユウはシリの手を取った。


「1人で歩けますよ」

シリは唇を尖らした。


ーーグユウは心配がすぎる。

妊娠は病気ではない。


「暗い。危ないだろう」

薄暗闇でグユウが微笑んだような気がした。


2人はあかりが瞬いている城に戻った。



夜の寝室。


シリは燭台の揺れる明かりを磨りガラス越しに眺めていた。


灯の向こうには、見えない暗闇が広がっている。


周辺領主たちの敵意が、じわじわと迫っているように感じた。


「・・・何を見ている」

黙って見つめていたグユウが、静かに声をかけた。


「外です」

視線は外に向けたまま、答える。


グユウの視線が、シリの顔をとらえる。


花弁のような唇、白磁の肌、透きとおる青い瞳――

彼女のすべてが、あまりに美しく儚く見えた。


「そんなに見ないでください」


出産にむけて身体が少しずつ変わってきている。


グユウに見られると恥ずかしい。


「嫌だ」

グユウはあっという間に返事をした。


「即答ですか」


「明日からシリのことを抱けない」

シリをそっと抱きしめる。


明日の早朝にグユウは出発してしまう。


レーク城に戻るまで1ヶ月半ほど不在だ。


結婚してからグユウと、こんなに離れるのは初めてだ。


グユウの瞳が近づいてきた。


シリは目を閉じる。


最中にグユウは何か言いたげな視線を送った。


「なんですか」

視線まで絡みあう。


「シリは美しいから他の男の目を惹くかもしれない」

シリは声を上げて笑った。


「妊娠中ですよ。私」

「いや。だけど」



ーーーーーーーーーー


翌朝、グユウは日課の鍛錬をしてから旅支度をした。


「留守を頼む」

皆の前でシリに伝える。


「承知しました」

シリも強い瞳で答える。


「行ってくる」

大勢の家臣と共にいつもの表情、凪いだ瞳で旅立った。


見送るシリは不安を隠せずにいた。


グユウがいないレーク城はがらんとしていた。


4日もしないうちにグユウから手紙が届いた。


国王がいるミヤビとワスト領は近い距離にある。


それを差し引いても、こんなに早く手紙が来ることにシリは面食らった。



始めてもらうラブレターを、湖の風が吹く樅の木陰で読んだ。


手紙は、無事にミヤビへ到着をし、ゼンシと共に行動していることが書かれていた。


ゼンシは何食わぬ顔でグユウと接しているようだ。


ーーあんな事があったのに・・・


シリは複雑な気持ちになった。


グユウは淡々と接しているのだろう。


グユウは口下手だったけれど、手紙では雄弁だった。


優しい意味深い言葉は、外から見た以上の暗示を含んでいた。


何回も読み返しても、喜びでシリの頬は赤く染まった。


シリはグユウの手紙を枕の下にしのばせて眠った。


枕の下に入れたらグユウが夢に出るかもしれない・・・そう思っていた。


夜に目が覚めた時は、枕の下に手を差し入れて手紙を触れた。



――以後、手紙は何通も届いた。


文面から察するに、ゼンシは国王に取り入り、莫大な献上品でその心を掴んでいるようだ。


「国をまとめる」ために――と、善意の皮をかぶって。


ーー兄上は・・・国王を支えるふりをして、操ろうとしている。


トナカの言葉が脳裏に蘇る。


『ゼンシは国王を利用して、全領土を支配するつもりだ』


グユウの文面からも、不安と戸惑いがにじんでいた。


ーー大きな争いが・・・起きるかもしれない。


シリは手紙を胸に不安な目で空を見上げた。


嵐の前の、張り詰めた静けさが、胸の奥をざわつかせていた。


ーー次回


「これがりんごなの?」

初めて口にした果実の酸っぱさを、シリは手紙に綴った。

恋しさは募り、冬を前にグユウが帰還する。

再会の夜、交わされたのは――叶わぬ未来を夢見る甘い約束だった。


いつも読んでくれてありがとうございます。

明日の17時20分に更新します。45日ぶりの再会

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