魔女の知恵、領政を動かす
「グユウさん、1つ考えがあるのですが」
「言ってみろ」
翌日、レーク城のホールには家臣一同が集まっていた。
その人数は100名を超える。
集まる理由は2つある。
ひとつは、ミヤビ行きに向けた準備の確認。
もうひとつは――グユウに第二夫人を迎えるよう進言することだった。
ホールの壇上にグユウとシリが登場した。
2人とも準正装をしている。
柔らかな全身にまとわりつく純白の衣装をまとい、
流れるような金髪をしたシリの背の高い姿を見た時に
家臣達に静かなざわめきが起きた。
ミンスタ領のことを快く思ってない家臣達も、シリの美しさは認めていた。
その美しさゆえに『ミンスタの魔女』と呼んでしまう。
「グユウ様、キユ家の娘は器量良しと聞いております。一度お目通りを」
筆頭重臣・オーエンが口火を切った。
第二夫人を持つのは、領主として当然のこと。
ただし、正室の承諾が必要だ。
オーエンの提案に、シリは硬い表情で毅然と前を見つめていた。
「断る」
グユウの返事は短く早かった。
「しかし・・・!グユウ様!」
オーエンは引き下がらなかった。
義父マサキとその家臣達も、グユウがシリに愛情を注ぎすぎていることに不安を抱いていた。
グユウが、シリの歩く地面を拝むくらいなのは誰の目にもわかるほどだった。
もちろん、夫婦仲が良いのは素晴らしい。
前妻の時は、夫婦仲が冷え切っていたので、それはそれで家臣達は気を揉んだ。
ゼンシの妹であるシリが嫁いだことで、一部の家臣達は警戒をしている。
シリがワスト領をミンスタ領の支配下に誘導しているのではないか・・・そんな疑いが出る。
他の家臣も、オーエンを援助をするように質問をした。
「グユウ様、第二夫人のことはお考えですか」
「全く考えてない」
グユウがバッサリと言い切ると、家臣達は目を見開いた。
「それでは・・・」
領政がまわらない。
不満そうな面々が見える。
「子作りは大事だとは承知している。それと同時にワスト領を豊かにしていく必要がある」
「仰るとおりです」
オーエンは渋々認めた。
「今後、国全体が不安定で揺らいでいく可能性がある。ジムいいか?」
グユウが話す。
「ワスト領の収入を増やすために2つの方法を考えました。
1つ目はりんごの栽培、2つ目は街道の通行料の値上げです」
ジムは和かに話す。
「この土地は小麦の生産にむいてない。
今後、ワスト領は小麦だけではなくりんごの栽培に力を入れたい」
グユウが説明する。
「りんごですか」
「あれはそんなに価値がありますか」
「日持ちはしません」
家臣達は様々な意見を出したが、ほとんどは否定的だった。
「領地の農家に頼み、りんごの木の植林と栽培、加工を考えている。
りんごは日持ちがしないので、砂糖漬けにして収益を増やす。候補地はいくつかある」
グユウは地図を広げ、家臣達は地図を覗いた。
どの候補地も痩せて、小麦を育てるのに不向きな土地だ。
「今度、ミヤビに行く際に献上品としてりんごの砂糖漬けを持参する。
国王が気に入って頂ければ、他の領に噂は広がる」
グユウの発言に家臣達は沈黙をする。
「りんごを収益化するには時間がかかる。木が育ち実がなるまで数年もかかる」
グユウは続けた。
スクっと立ち上がり説明をした。
「短期間で領の収益をふやすためには、
ワスト領からミヤビまで続く街道の通行料の値上げを考えている。ジムいいか?」
グユウはジムを促す。
「ご存知の通り、我が領はミヤビへ最短で行ける街道があります。
その交通料の値上げ、今まで無料だった通行許可証を有料にすることです」
ジムの提案に家臣達はざわつく。
「通行許可証を有料にするのですか?」
家臣の1人が声を上げた。
「許可証を発行するのに羊皮紙代金や人手が必要です。
許可証が増えれば増えるほどワスト領に負担がかかる仕組みをなくします」
ジムが質問に答える。
「突然、値上げをしたら反発が出るのでは?」
他の家臣が声を上げる。
「そのためには街道周辺の整備が必要だ。細い道を通りやすいように広げ、
橋の修復を行う。茶屋などを設置する必要がある」
グユウが地図を指して答える。
「わずかな値上げですが試算してみたら収入が上がります」
ジムが試算表を広げると、場内は静まり返った。
「グユウ様、見事な提案です」
オーエンをはじめ、家臣一同は頭を下げた。
「これを形にしていくことに時間をかけたい。
領の収入を増やし、皆を豊かにすることが大事だと思っている」
グユウは家臣全体を見渡して伝えた。
「承知しました」
オーエンは深々と頭を下げた。
皆が納得するのを見届けてから、グユウは静かに話した。
「この案はシリが考えた」
グユウの話に、家臣達はギョッとして顔を上げた。
「女に領政のことを任すなと意見もある。だが、これ以上に領の収益を伸ばす方法があれば教えてくれ」
誰も何も言えない。
家臣達は黙って頭を下げる。
「ゼンシ様はシリのことを“男だったら立派な領主になっていた“と再三話していた。俺もそう思う」
あのゼンシの名前を出すのは効果的だった。
100名ほどの家臣達は更に深く頭を下げた。
シリは恥ずかしそうに肩をすくめた。
グユウとシリがホールから去った後、オーエンはジムに話した。
「何故だかわからないけれど、グユウ様が急に変わったような・・・そんな気がします」
グユウは、いつも自分の意見を言わない寡黙な領主だった。
シリとの結婚も、重臣達に押し切られ、渋々受け入れた経緯がある。
以前のグユウなら、第二夫人の提案を受け入れていただろう。
「そうですね。お子ができて領主としての自覚が増したのでしょうか」
ジムが答える。
「雰囲気だけではなく顔つきも変わられた」
オーエンは話す。
「それは・・・シリ様のお陰でしょうか。あの2人は本当に仲が良いですから」
ジムの話にオーエンは複雑そうな表情をした。
少し離れた場所で独り言をつぶやいた。
「俺は騙されない。ミンスタの魔女に」
次回ーー
夕闇の小径を歩きながら、シリはつぶやいた。
「グユウさん、素敵でしたよ」
別れの前夜、二人の間に残されたのは温もりと不安。
やがて届いた手紙は、嵐の前触れを告げていた。
◇この話の裏側を短編で書いています
オーエン視点
「あの妃より美しい女性を探せ」
https://book1.adouzi.eu.org/n5007le/
明日の17時20分に更新します。 初めてもらったラブレター 嵐が始まる前の静けさ
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