妊娠中に第2夫人の勧め
「やっぱ・・・嫌だわ」
エマの前で、シリは小さくつぶやいた。
「シリ様。そうはおっしゃっても・・・」
エマは困ったように眉を寄せた。
――結婚して四ヶ月。
シリのお腹は少しずつふくらみ始めていた。
体調は悪くない。
時折、腹の中で何かがくすぐるように動くのを感じる。
妊娠した妃として、避けて通れない問題があった。
それが「第二夫人」の問題だ。
「でも・・・そういう訳にはいかないわよね」
シリは溜息をついた。
「はい。そうです。お子が無事に産まれるまでは、グユウ様にも別の方と子をなしていただかなくては」
エマは事務的に答えた。
シリの父には二十三人の子がいた。
もちろん、母は一人ではない。
複数の妾を抱えて子を作るのが常だった。
妊娠中の正妻を気遣って、夫は別の女性を迎える。
それがこの時代の“思いやり”でもあった。
ゼンシも、親しい友であるトナカも、当たり前のようにそうしていた。
それが政治であり、家の繁栄を守る手段だった。
――けれど、自分のこととなると話は別だ。
妊娠したことで、グユウを独占できなくなる。
お腹の子が、グユウの子である保証がない。
嫉妬する資格などないと分かっていても、胸の奥はどうにも苦しい。
結婚当初のグユウは、感情を押し殺し、会話すらままならなかった。
今では、ようやく笑顔を見ることもできるようになった。
不器用で、誠実なその人の変化が、いっそう愛おしい。
今のグユウなら、きっと他の女性と接することもできるだろう――
そう思う一方で、心のどこかがざわついた。
季節は秋になり、グユウのミヤビ行きが迫っていた。
かつて殺風景だった寝室には、今ではカーテンがかかり、壁には地図と本棚、そして小さなテーブルとソファ。
そこはもう、“ふたりの部屋”になっていた。
その夜、グユウが寝室に入ってきた。
窓辺のソファに腰掛け、ゆっくりと話を始める。
「グユウさん、お話があります」
「・・・どうした」
真っ黒な瞳が、やさしく細められる。
シリはためらいながら口を開いた。
「第ニ夫人の件ですが・・・」
言葉を選びながら、ようやく問いかける。
「・・・娶るつもりはない」
シリは驚いたように顔を上げた。
その視線を受け止めるように、グユウは静かに告げる。
「シリがいればいい」
「でも、それでは・・・」
シリは言葉をのみ込む。
抱き寄せられた温もりが、不安を溶かしていく。
「いいか?」
「・・・はい」
グユウの口づけを受けながら、シリは心に浮かぶ疑問を口にした。
「本当に、これでいいのですか・・・?」
「何が?」
「第ニ夫人です」
グユウの動きがぴたりと止まった。
「ジムの記録を読んだ時、シリがいない未来を想像して、ただ真っ暗になった」
「・・・」
「シリがいてくれれば、それでいい」
その言葉に、シリはそっと目を閉じた。
――その夜、肩で息をするたびに心は穏やかになっていった。
「すまない。無理をさせた」
汗で額に張りついた前髪を優しく払ってくれる。
「大丈夫です」
そのあと少し笑った。
「またエマに呆れられるかもしれませんね」
グユウは恥ずかしそうに目を逸らした。
「・・・明日は会議がある」
「聞いています」
「シリも呼ばれるだろう」
「私が?」
「第二夫人を娶れと、家臣たちに言われると思う」
グユウは深くため息をつく。
「・・・あぁ、その承認のためですね」
「ワスト領を豊かにするため・・・とはいえ、断れば揉めるだろう」
「豊かにするため・・・ですよね」
「あぁ」
「グユウさん。ひとつ、考えがあります」
シリは、静かにグユウを見つめた――。
「言ってみろ」
次回ーー
第二夫人を求める家臣たちに、グユウは断固「断る」と言い放つ。
その場で明かされた領政改革の策――それはシリの発案だった。
「ミンスタの魔女に惑わされているのか」不穏な声が、密かに広がり始める。
魔女の知恵 領政を動かす
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