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死んでも、あなたに伝えて


東側の部屋にいたのはシリとゼンシだけではなかった。


隠し小部屋の奥には、ワスト領の重臣・ジムがひそかに息をひそめていた。


ジムがそこにいる理由はシリに命じられたからだ。


昨夜、遅くにシリの部屋に訪れ、グユウとゼンシから頼まれた伝言を伝えた。


ーーゼンシ様からの伝言を伝えたら、シリ様は顔色を悪くした・・・


その後、シリがお願いした任務は衝撃的なものだった。


「ジム、明日の朝に東側の部屋の隠し小部屋で待機してください。

そこで私と兄上の会話を全て記録してください」


「記録ですか」

戸惑いを隠せないジムに、シリは淡々と続けた。


「ええ。何があっても部屋から出ないでください。

その記録をグユウさんに伝えてください。・・・それとエマにも」


「承知しました」


承知はしたが、不思議な任務に首をひねる。


政略結婚の一環として、シリはワスト領の正式なスパイである。


普通、兄妹の会話など外部に漏れないようにするはずなのに――

なぜあえて、記録を残させるのか。


とはいえ命令である。

ジムは予定通り、隠し小部屋で待機していた。


レーク城に限らず、ミンスタ領各地の城には「隠し小部屋」が存在する。

諜報活動、密談の監視、グユウとシリの初夜の折にも用いられた。


薄暗い部屋の中、ジムは覗き穴から静かに中の様子をうかがった。


ゼンシが落ち着かない様子で部屋を行き来している。


そして、小さな足音。


シリが現れた。


ジムは緊張しながら、羊皮紙とペンを握りしめる。


シリは、あらかじめジムが記録を取りやすいよう、聞き取りやすい位置で話を始めた。

声が震えているのがわかる。けれど、毅然としていた。


ーーまさか、ゼンシ様がスパイを宿の天井に配置していたとは。


ジムの手が止まりかけた。


――あの夜の密談、すべて筒抜けだったのか。


シリの口から語られるグユウへの想い。


それを聞くジムの目頭は熱くなった。


ーーグユウ様・・・こんなにも深く、想われている。


そして・・・衝撃の展開。


ゼンシがシリを抱きしめ、口づけを交わした。


思わず声を上げそうになるのをジムは必死に抑えた。


兄と妹――血のつながった二人の禁忌。


さらに、シリがゼンシの首にナイフを突きつける。


ジムの喉がひゅっと鳴った。


戦場でも味わったことのない恐怖。


ーー大変なことがおきた。


ワスト領の妃が、ミンスタ領の領主の首にナイフを突きつけるなんて。


ーーこの場に介入すべきか。


何度もドアに手をかける。


けれど――“何があっても出てはならない”というシリの言葉が脳裏をよぎる。


震える手で筆を走らせる。


ジムの目に、シリが自ら喉にナイフを突き立てている姿が見えた。


シリの目は本気だった。


ジムの心は張り裂けそうになった。


ーーシリ様は命を断とうとしている・・・。


これを頼んだということは、この記録は・・・グユウへの遺書のつもりなのかもしれない。


シリ様が嫁いでからわずか3ヶ月。


初めてシリ様を見た時、あまりの美しさに圧倒された。


寡黙で女慣れしていないグユウ様と夫婦になれるのか。


本気で心配した。


共に過ごすことで2人の距離がどんどん近くなってきた。


警戒がいつしか許しに変わって。


やがて、お互いが、かけがいのない人になっていく姿を近くで見つめていた。


そのグユウ様が大事にしている后が命の危機に晒されている。


目の前にいるのに助けることもできない。


ーーこれをグユウ様に伝えるのだろうか・・・。


なんて酷い任務なんだ・・・。


感情を押し込み、会話の記録をしていく。


張り詰めていた空気が少し和らいだ感じがした。


ようやく空気が和らぎ、二人が椅子に腰かけた。


ーー助かった。


遺言にはならなかった。


だが、間違いなく、シリの覚悟は本物だった。


身体中の力が抜ける。


ーーシリ様。素晴らしい采配だ。


しばらくして、ゼンシが部屋から出ていった。


シリはぐったりと机に頭を乗せている。


ひどく疲れた表情だった。


エマを呼び出すために、ジムはそっと隠し小部屋から廊下に躍り出た。


ーーこの記録をグユウ様にお届けしないと。


シリ様が望んだこと。早く伝えないと。


ーーーーーー


「シリ様」

震える声でエマが声をかけてくれた。


シリは机から身体を起こした。


身体が鉛のように重い。


「エマ、心配することは何も起こらなかったわ。詳しくジムに聞いて」

シリは力無く話す。


その言葉の裏に隠された壮絶な出来事に気づくことなく、エマは安堵の表情を浮かべた。


「シリ様、お疲れなので少し休みましょう」


「そんな時間はないの」

首を横に振ったシリの瞳は、静かに燃えていた。



「急いでお見送りをしないと」


「こんな時間に・・・?どなたをお見送りするのですか?」


「兄上がお帰りだわ。急用ができたようでお急ぎよ」


微笑みながら、ホールへ向かう。


その背中には、もはや怯えも迷いもなかった。


ーー次回


レーク城を早々に去ったゼンシ。

残されたのは、シリの死の覚悟を刻んだ一枚の記録だった。

「シリは……死ぬつもりだったのか」

羊皮紙を握りしめ、グユウは湖畔へと駆け出す――。



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