表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/227

その手は私を抱くためのものではない

あくる日。

まだ日も昇らぬ早朝。

シリの部屋には、ろうそくの灯りが淡く揺れていた。


ゼンシ好みの濃い青色のドレス、髪は結わずに流したままにした。



無言のままエマが丁寧にブラシを通すたび、シリの呼吸は浅くなっていく。


「エマ、帯を取って欲しいの。ええ。その銀色のものを」

シリのほっそりしたウエストに飾り帯を巻く。


「お腹に・・・」

エマは遠慮がちに聞いた。


「ええ。お腹に巻いて欲しいの」

シリはキッパリと言い放った。


支度が整った。


「行ってきます」

その瞳は、まるで戦場に赴く兵士のように険しかっ


エマは不安げな顔で見送った。


東側の部屋についた。

ノックをするとゼンシの声が聞こえた。


「入れ」

「兄上 おはようございます」

「よく眠れたか」

「えぇ」

シリは嘘をついた。

本当は碌に眠れなかった。



ゼンシに勧められるままシリは、慎重に浅く椅子に座った。


今のゼンシの瞳は平静だ。

少なくとも、今は。


「わしが思ったとおりグユウは良い男だ」

グユウを褒められて悪い気はしない。

シリの緊張は少しほぐれた。



「この前、領境でグユウに逢った時のことだ。

夜遅くにワスト領の家臣たちが“今こそゼンシを殺めろ“とグユウにけしかけていた」

ゼンシの発言にシリは凍りつく。


そんなことがあったの?

ワスト領の家臣たちが・・・。


ゼンシは淡々と話す。

「ワスト領は元々独立心が強い。

シリが嫁に来たとしても同盟に納得しない家臣達はいるだろう。

丸腰で家臣が少ない、なおかつ寝ている時に殺せの提案は当然だ。

わしを殺せばミンスタ領も手に入る」



「・・・そうですね」


「だが、グユウはその誘いを断った『シリの義兄なのだ 殺さない』と家臣を押し切った。

目の前にチャンスがあっただろうに」



「兄上、その話はどこから」

「スパイから聞いた。ワスト領の宿の天井に数人配置していた」

ゼンシはさも当然とばかりに話す。


シリは黙ってうなずいた。


「それに・・・」

ゼンシはにニヤリと笑う。



「これはゴロクから聞いた。

接待のつもりで女を配置した。3日通い詰めたが“妻に嘘はつきたくない“と何もせず返していたらしい」



シリは頬が赤くなり、椅子に座っていられなくなった。


窓辺に立ち、静かに変わりゆくロク湖の色が、心を落ち着かせてくれるようだった。


ゼンシから聞いたグユウの振る舞いに胸が熱くなった。


「誠実な男よ。わしは良い義弟を手に入れた」



「グユウさんは…本当に誠実な人です」


「おまえが幸せで、わしは安心した」


その声を背に、シリは微笑んで振り返った。


「兄上のお陰です。グユウさんと結婚できて私は幸せなんです」



その瞬間だった。


ゼンシの表情が、何かに切り替わった。

領主の顔から、男の顔へ。


そして、次の瞬間には――


「兄上…!」


ゼンシの腕がシリを抱き寄せていた。


鋭い呼吸。押し寄せる力。


「兄上、何をされているのですか」

もう一度質問をした。


「シリ・・・」

ゼンシが掠れた声を出す。


抗議の声を上げようとした瞬間、掬い上げるように唇が奪われた。


シリが焦ってゼンシの胸元を押し返したが中断するどころか、角度を変えて繰り返された。


まるで貪るような口づけだった。


抗えば抗うほど強くなるその圧に、シリの脳裏に過去の記憶が閃く。


――違う、違う、私はもうあの頃の私じゃない!


口づけに夢中だったゼンシは、首に冷たいものを感じた。


ナイフだ。


シリがゼンシの首にナイフを当てている。


ピタリと動きが止まる。


ゼンシがそっと目を開けると、

シリの目は、凍るように澄んでいた。


一瞬、ゼンシは息を止め唇を少し離した。


「お前にわしは殺せない」

ゼンシはそっと囁きながら、シリのおでこに口づけをする。


「ええ。兄上を殺すなんて愚かなことはしません」

シリの声は低く滑らかだった。


「そうだ」

囁く声に、ゼンシの手がなおも背をなぞる。


「女の私の力で兄上の首を切るのは無理です」


「あぁ。そうだ。ナイフを離すんだ」


ゼンシはシリの下半身に手を添えてきた。


「離しません!」

絶叫してシリが後ろに下がる。


耳の下に垂直にナイフを当てる。

「このナイフで私の首を切るんです」


次回ーー

「このナイフで、私の首を切るんです」

黄金の髪を一房切り落とし、シリは静かに兄を睨み据えた。

触れれば同盟は潰える――冷酷な理屈と揺るがぬ瞳に、ゼンシは息を呑む。

「今後、私に指一本触れないでください」その声は、凍てついた刃より鋭かった。


明日の17時20分に更新します。

続きが気になったらブックマークをお願いします。

励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
, ,

,

,

,

,
,
,
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ