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兄の影、夫の腕の中


「シリはどこにいる」


その声は揚々がなく苛立ちが含まれていた。

シリはゼンシの声質で苛立ちを感じ、慌てて前に飛び出した。


「兄上、お久しぶりです」


突然、前に躍り出たシリをゼンシはじっと見つめた。


シリがワスト領に嫁いだのは3ヶ月前だ。


3ヶ月前は、ほっそりしていたシリが

今では均整がとれて丸みを帯びた身体をしていた。



薔薇色の頬、艶やかな唇、青い瞳。


その姿は、ゼンシの記憶の中よりもはるかに美しく、より女らしく、より望ましくなっていた


こんなにシリを変えたのは・・・ゼンシはシリの横に立つグユウを横目で見た。



「シリ、元気そうだな」

「はい。兄上もお元気そうで何よりです」


ゼンシが近づいてきた。

あ・・・!

まただ。

ゼンシの瞳が変わった。


狙った獲物を逃さない強く熱を孕んだ瞳。

その瞳に見つめられると身体が動かなくなる。


手のひらをギュッと握りしめ、息遣いが荒く浅くなる。


ゼンシはシリのほっそりした首に手を添えた。


グユウと違って細く滑らかなその手、冷たいその手が首に触れた瞬間、シリは恐怖のせいか足が震えた。


シリを見つめながらゼンシはささやく。


「髪は結わずに下ろした方が似合う」

囁きながら、ゼンシの指先がシリの首筋をなぞる。


恐怖のせいか、シリは黙ってうなづく。


ゼンシはシリの顎を掬い上げた。

間近にゼンシの顔、自分と同じ青い瞳が見える。

シリの瞳は凍りつく。


「青色が似合う」

ピンクの髪飾りに一瞥をくれた後、唇に触れようとするかのような仕草。


「・・・後で話そう」

耳元でささやかれたその言葉に、シリの心臓は跳ね上がった。


恐怖で何も言えない。


まるでグユウに見せつけるようなふるまいだった。


グユウはただ静かにゼンシを見つめているだけだった。



シリにとっては、長い時間に感じたが時間にすると数秒のやり取りだった。


グユウの父 マサキが城の案内をしたのでゼンシから解放された。


家臣や侍女の手前、ここで座り込んではいけない。


「疲れたわ。部屋に戻ります」

そう告げて震える足で部屋に戻った。


慌ててエマが後を追いかける。

物置と化した、シリの部屋によろよろと辿り着いた。


普段、日中は赤ん坊のシンがいる子供部屋、馬場、城内で過ごしている。


夕方や夜はグユウと共にいることが多い。

シリはほとんどこの部屋にいなかった。


グユウの前妻は、この部屋で閉じこもることが多かったと聞いたことがある。


必要がない部屋だと思っていたけれど、今日はこの部屋があることが有難い。


扉を閉めた後に床に座り込んでしまった。

追いかけてくれたエマが背中をさすってくれる。


怖かった。


ゼンシのあの瞳を見ると足元がワナワナと震える。


私は上手く取り繕えたのだろうか・・・。

兄上はワスト領にとって大事なお客様なのに・・・。


シリはゼンシとの会話を思い出した。


“あとで話そう“


あれはどういう意味なのだろうか。


会議においてはシリが出る場面はないだろう。

グユウ、義父のマサキ、ジム、重臣たちで進めるはず。


どこで話すのだろうか。


レーク城内で私を犯すつもりなのだろうか。


スーと血の気が失せた。


嫌だ。怖い。逃げ出したい・・。


手をギュッと握りしめる。


逃げれるわけない。

兄上の命令は絶対だ。

立場的にもグユウさんは逆らえないだろう。


ミンスタ領との同盟。

同盟と聞こえは良いけれど、小領土しかないワスト領は実際はミンスタ領の臣下に近い。


エマが入れてくれた薬湯を飲んで、少しだけ落ち着いた。


考えすぎかもしれない。

さすがの兄上もレーク城内で愚かな振る舞いはしないはず・・・。

こんなに悲観的なことを考えるなんて・・・これも妊娠の影響なのだろうか。


シリはカップから立ち上る薬湯の湯気を見つめた。

この薬湯を飲んで前向きになれるのなら、喜んで何杯も飲むのに。



夕食は食堂ではなくホールで行った。


落ち着きを取り戻したシリは、上手くホスト役を務めることができた。

周囲にたくさんの人がいるのは、シリにとって助かることだった。


ミンスタ領の家臣、ハゲネズミのキヨが舐めますような嫌らしい視線でシリを見つめた。


「ご結婚以来、ますます美しくなられて」

キヨは恍惚とした表情でシリを見つめる。


そのキヨに対して、嫌悪感を抱きながら軽やかに流した。


隣に座っている同じくミンスタ領の家臣ゴロクにお酒を注いだ。

「光栄です・・・」

ゴロクは小さな声で呟き顔が真っ赤になった。


上座に座るグユウとゼンシは静かに語っていた。

二人ともアルコールは飲まない。


盛り上がりには欠けるが中身が濃い話をしているはず。

シリはあえて二人と目を合わせないようにした。



夕食後、重臣のジムが寝室に入ってきた。


「シリ様 お伝えすることが2つあります」

「ジム、夜遅くにありがとう」


「1つ目は、今夜グユウ様は寝室に戻らないそうです」

「そうですか・・・。夜遅くまで兄上を接待するのですね。わかりました」


「2つ目は・・・ゼンシ様からです」

「兄上が何か」

シリの声が急に硬くなる。


「明日の早朝にシリ様と2人だけでお話をしたいそうです。

東側に部屋を用意しています。周囲に家臣は置きません。

そこで兄妹ゆっくりお話をされてください」


シリは、瞬間、何も答えられなかった。

喉が張りついたようになり、言葉が出ない。



「わかりました。グユウさんは、その事をご存知ですか」

語尾を震わせないように頑張った。


「はい。グユウ様の前でゼンシ様はお話しされましたから」


しばらく沈黙が続いた。


シリが何も返事をしないのでジムは不思議そうな顔をしている。


「ジム・・・。お願いしたいことがあるの」

「何なりとお申し付けください」


いつもありがとうございます。


次回ーー


あくる早朝、ゼンシは義弟グユウの誠実さを語り、シリの胸は熱く満たされた。

けれど次の瞬間、兄の瞳は領主のそれから男のものへと変わる。

迫る力に、シリの手は静かにナイフを握りしめていた。

凍るような青の瞳が告げる――「離しません」


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