嘘をつけない女の沈黙
「・・・わかったわ。グユウさんには、秘密にする。
妊娠のことは・・・兄上が帰ってきて、落ち着いてから話すわ」
昼間、エマにそう誓ったはずだった。
けれど、夜になると心がざわつく。
寝室のベットの中でシリは深いため息をついた。
自分は、秘密を抱えて生きられるほど器用な人間ではない。
疑問に思ったことはすぐ口にし、隠しごとは苦手な性分だ。
でも、今回の妊娠に関しては・・・真実を口にするのは賢いことではない。
兄との、あの夜のことは誰にも言わず、墓まで持っていく。
震える手で、布団の端をぎゅっと握りしめた。
ーーグユウさんに・・・嫌われたくない。
覚悟を決めたのに涙がどんどん出てくる。
ーーこうしている間に、お腹の子はどんどん成長する。
来年の2月には産まれてしまうのだ。
私はどんな顔でグユウさんに妊娠を告げれば良いのだろう。
グユウさんに秘密を抱えながら笑って過ごせるだろうか。
何もかも元に戻らない気がして胸がヒリヒリした。
廊下の方から足音が聞こえたきた。
ーーグユウさんだ。
明日にはゼンシが来る。
領主であるグユウは、朝から晩まで重臣たちと会議漬けだった。
疲れているはずだ。
シリは慌ててベッドに潜り込み、寝たふりをした。
ベットに入ったグユウはシリの顔を覗き込み、シリの前髪をたどたどしく梳いていく。
寝ていると思っているらしい。
「シリ・・・」
優しくつぶやいて、額に唇を落とす。
口づけ後にグユウは横になり寝てしまった。
シリは額に触れて、ひっそりとその熱の名残を確かめる。
グユウの清涼な木のような香りにホッとする。
ーーグユウさんは優しい。
その優しさが辛い・・・
規則正しいグユウの寝息を聞きながら、シリは眠れなかった。
強い太陽の光で目を覚ます。
いつの間にか眠っていたようだ。
早朝にも関わらず、レーク城はゼンシを迎えるために慌ただしい。
グユウは鍛錬に行っているようで寝室はシリしかいない。
ーー支度をしなくては・・・。
今日だけは、いつもの服ではだめだ。
ゼンシがいつ来てもいいように、身なりを整える必要がある。
暑い日なので白く薄いローンのドレスにした。
裾にいくにつれ淡い紫色の刺繍が施されている。
エマが髪は高く結い、そこにグユウからもらった淡い光を放つピンクの飾り櫛つけてくれた。
鏡で自分の姿を見る。
ーーピンク色、似合うかもしれない。
食堂にむかうとグユウは座っていた。
「遅くなりました」
長いドレスの裾をひきずりながら、シリがグユウの方に歩むとグユウの頬がサッと赤くなった。
髪飾りに目を向け優しげな目でシリを見つめる。
他人から見ればグユウは無表情に見えるのだろう。
でも、シリにはわかる。
グユウは何も語らない。
けれど、その表情、瞳を見るだけで十分だ。
「身体は大丈夫か」
その声は優しい。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「そうか」
ゼンシに乱暴された後、シリは己の美しさを憎んだ。
醜くかったらゼンシはシリの身体を求めなかっただろう。
美しい姿形があるから兄は魅きつけられた。
今は違う。
その美しさがあることが有難い。
こうして、グユウが嬉しそうな顔をしてくれるから。
心乱れず平凡な幸せを手に入れることが夢だった。
ーーこの幸せ、手放したくない。絶対に秘密にする。
シリは覚悟を決めた。
「ゼンシ様が来られます」
外を見張っていた家臣カツイが報告をしてきた。
食堂の空気がガラッと変わった。
「迎えに行く」
グユウは朝食もそこそこに玄関へ足を運ぶ。
「皆、迎えの準備をするように」
ジムが指示をした。
シリも行かなくてはいけない。
ノロノロと開け放たれた玄関にむかって歩く。
一同は門の前で到着を待ち構えていた。
馬車が停まる。
懐かしい白と赤の旗が見える。
モザ家の旗だ。
馬車から降りたゼンシは、
熟れた小麦のような金色の髪、青い瞳、背が高く痩せている。
その瞳は鋭く、攻撃的な光を湛えているが、
そこに立っているだけで独特のオーラが放たれていた。
周囲の侍女たちが、そのオーラに息を呑む。
奇抜なアイデアと強い闘争意欲、
有無を言わせず家臣を従わせる強引さと、家臣を従わせるカリスマ性を持つ兄。
グユウが迎えに行き深々と頭を下げる。
「義兄上、お待ちしておりました」
シリはグユウの両親の後ろに隠れるように立っていた。
隠れるように・・・と言ってもシリの身長の高さでは無理なこと。
それでも・・・今はゼンシに会いたくない。
グユウとの挨拶の後にゼンシが質問をした。
「シリはどこにいる?」
——兄の声が、響いた。
次回ーー
「シリはどこにいる」
兄・ゼンシの声に、恐怖がぶり返す。
優しい夫の隣で、幸せを守ると誓ったはずなのに──
「明朝、二人きりで話したい」
その誘いは、逃げられない罠のようだった。
続きは明日の17時20分に更新します。
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