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番外編 夜伽 3日間断られた侍女

番外編です

グユウはゼンシと打ち合わせをするため、領境にある宿へむかった。


「打ち合わせをする宿は、モザ家の定宿のようです」

ジムが説明をした。


ジムの説明にグユウは黙ってうなづいた。


その宿は、シリがワスト領に嫁ぐ前にドレスを着替えたところだった。


「随分、多くの店と人がいるんですね」

付き添いの重臣として同行したオーエンがジムに話す。


「大きな宿場町です」

ジムが答えた。


グユウが宿へ着くと、ゼンシはすでに到着していた。


「義兄上、お待たせしました」

グユウは深々と頭を下げて挨拶をする。


ゼンシはゆったりと椅子に座っていた。


「グユウ、元気にしていたか」


「はい。義兄上もお元気そうで」

グユウは凪いだ瞳で淡々と答えた。


ゼンシはグユウの顔をじっと見つめた後に呟いた。


「良い顔つきをしている」

グユウに薄く微笑む。


「シリとは仲良くしているか」

グユウはこくりとうなずいた。


「あれは、なかなか気が強い」

「・・・慣れました」


ゼンシにしては、珍しく和やかな空気の中で打ち合わせが始まった。




ゼンシはもてなしの意味を込めて、侍女のジェーンにグユウの夜伽をするように指示をした。


ーーグユウは23歳。若い。


独とり寝は寂しいだろう。


城から離れ、羽を伸ばして欲しい。


そんな配慮があった。


ゼンシは領主と打ち合わせをする時に、必ず侍女に夜伽を命じていた。

美しい女性を差し出せば、物事は円滑に進むからだ。



夜伽を命じられたジェーンは美しい娘だった。

鳶色の大きな目はきらきら輝き、つやのある皮膚で、ぱっと人目をひくふっくらした姿をしていた。


よく笑い、明るい娘だった。

ジェーンは与えられた指示を忠実に行うつもりだった。


ーーこれを機に第二夫人になりたい。


ワスト領の第二夫人になれば玉の輿だ。

少なくとも侍女より良い生活ができる。


そんな決意を胸にグユウが滞在する宿へ足を運んだ。


グユウの部屋の扉をノックする。


ゼンシからの使いと聞き、ジムが扉を開けた。


グユウは机に座っていた。


ゼンシの使いが若い娘と知り、グユウは少し驚いた顔をしていた。


「ジェーンと申します。お酒をお持ちしました」

ジェーンは深々と頭を下げた。


手には赤ワインが入ったボトルを持っていた。


顔を上げると、真っ黒な瞳に長いまつ毛、整った顔立ちをしている領主がいる。


ーー素敵な方・・・


思わずジェーンは頬が赤くなった。


「ジェーン」

グユウは凪いだ瞳でつぶやいた。


「はい」

ジェーンの声は期待で少し裏返る。


「オレは酒を飲まない。気持ちだけ受け取っておく」

「そ・・・そうですか」


ジェーンは酒を持ったまま、居心地悪そうに立ちすくんだ。


グユウが次の行動に移すのを待っている。


いつまでも帰らないジェーンにグユウは不思議そうな顔をした。


「もう遅いので休んだほうが良い」

そう伝え、ジムに玄関まで送るように手配した。


ジェーンが帰った後にジムが苦笑しながら教えた。


「グユウ様、あの方は夜伽に来られたんですよ」

「そうか」


2日目の夜、ジェーンはお菓子を持ってグユウの部屋へ訪れた。


この日のジェーンは赤いゼラニウムを髪にさし、クリーム色の絹のブラウスを着ていた。

自分でも似合うと思っており、実際美しかった。


ジェーンは多くの男性の心を捉えた微笑をたたえて言った。


「お菓子ならよろこんでもらえると思って」

恥ずかしそうに差し出した。


グユウはお菓子を受け取った。


「明日は鍛錬があるので、もう休みたい」

凪いだ瞳で伝え、ジェーンを帰した。


ジェーンはショックだった。

今まで男性にこんな扱いを受けたことはなかった。



3日目の夜、ジェーンは再びグユウの部屋を訪れた。

今日は何も持ってこなかった。

念入りにめかしこんだ。


今夜も部屋には家臣がいる。

人払いをさせないところをみると、今日も脈なしだ。 


「グユウ様・・・」

そっと呟いて、グユウの瞳をじっと見上げた。


ジェーンが見つめていてもグユウの表情は崩れない。

凪いだ瞳をしていた。


「今夜はもう遅い。お帰りください」

淡々とジェーンに伝える。


「あの・・・理由を教えてください。ゼンシ様に報告しなければいけません」


「・・・すまない。シリに・・・妻に嘘をつきたくないんだ」

その言葉にこそ、グユウの本音があった。



ーーそれが理由?


嘘なんていくらでもつけばいいのに。


若い女性が目の前にいるのに手を出さないんなんてあり得ない。


ジェーンの胸中は乱れた。


「しょ・・・承知しました」

こんな屈辱的な経験は初めてだ。


手をぎゅっと握りしめた。


「もう遅い。使えの者は1階にいるのか」

「はい」

「そこまで送る」


グユウは自らジェーンを1階まで送った。


控えの部屋には、ミンスタ領の重臣ゴロクが待機していた。


ゴロクは、ジェーンの夜伽が終わったらゼンシの元まで送る役目だった。


あっという間にジェーンが戻ったのでゴロクは驚いた。


しかも、グユウもいる。


「ゴロク殿」

グユウは静かに話した。


「義兄上に伝えてもらえないか。お酒もお菓子もありがたく頂いた・・・と」

ゴロクとジェーンは頭を下げた。


帰り道にジェーンはゴロクに愚痴った。


「3回訪れてもグユウ様の心は乱れませんでした。あの方は感情があるのでしょうか」

拒絶されたような気持ちになり傷ついた。


「・・・ジェーンは悪くない」

ゴロクは言葉少なに慰めてくれた。


ゴロクはジェーンの件についてゼンシに報告をした。


「真面目な義弟だ」

ゼンシは苦笑した。


4日目の夜、グユウの扉はノックされた。


「また、ジェーンか?」

グユウは眉毛を寄せた。


ジムが扉を開けると、今度はワスト領の重臣達が集まっていた。


「グユウ様、お話があります」


提案したのは重臣オーエン。


グユウの父に仕えていた忠義の男だ。



「グユウ様、絶好の機会です。ゼンシを殺めましょう」

オーエンはグユウに提案をした。


「そのようなことを何故・・・」


「グユウ様、我々同様ゼンシの家臣は少ないです。

夜遅くに寝込みを襲って、ゼンシを殺せば・・・ミンスタ領が手に入ります」

オーエンの暗灰色の瞳は強く光る。



「オーエン、素晴らしい提案だ」


「ありがとうございます」


「でも、オレはしない」

グユウは淡々と伝えた。


「どうしてですか!絶好の機会です!」

オーエンは納得できず吠える。


後ろの重臣達も黙って頷く。


「ゼンシ様は義理の兄だ」


「しかし!!」

オーエンは納得しない。


「その行いは人の道に外れる。ゼンシ様はワスト領を信じて少ない家臣で話し合いをしている。

オレはその気持ちに応えたい」

グユウは静かに話した。


グユウの発言に家臣たちは静かになった。


オーエンは悔しそうな顔でうつむいた。


「オーエン」

グユウに声をかけられ、オーエンは顔を上げた。


「頼りにしている」

グユウは優しく声をかけた。


家臣達が帰った後、4日間共に過ごしていたジムはグユウに伝えた。


「グユウ様、立派な領主です」


「・・・領主としてはオレは未熟だ」


「それならば、立派な男です」

疲れた顔をしたグユウに労りの言葉をかけた。


「明日、帰れるのは嬉しい」


「そうですね。シリ様がお待ちです」



話し合いが順調に進んだので、予定より1日早く帰ることになった。


出発まで少しだけ自由時間があった。


宿場町をジムと歩いていると、小間物店があった。


そこには繊細なティーカップ、女性用の口紅、鏡、メガネ、小物入れ、文房具、装飾品、

様々な日用品を扱っていた。


店頭に色とりどりの飾り櫛が置いてあった。


グユウはその中でピンク色の石がついた櫛を手にとり、じっと眺めていた。


「シリ様にお土産ですか」

ジムが声をかける。


グユウは無表情だったけれど耳を赤く染めていた。


その様子を離れた場所からジェーンは見ていた。


使い物があり、帰り道にグユウを発見した。

一際、背が高く、インクのように真っ黒な髪をした青年は街中でも目立った。


グユウは嬉しそうな顔をして、大事そうに小さな包みを手にして店を出た。


ジェーンは隠れて、その様子を見ていた。


ーーなんだ。嬉しいという感情はあるのね。


寡黙で真面目、妻想いの領主だ。


あの人の奥様は幸せ者だ。


ジェーンはそう思った。

次回ーー

「シリ様、ご懐妊です」

その言葉は、喜びではなく――深い絶望を連れてきた。

父親は、誰なのか。あの夜の記憶が胸を締めつける。

そして、彼の瞳が浮かぶ。「俺は、シリに嘘をつかない」

ならば、私は――?



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