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あなた以外を知らないと、言ってほしかった


「私以外の女性と夜を共に過ごしましたか?」

ずっと胸に秘めていた問いが、とうとうシリの口からこぼれた。


ゼンシとの打ち合わせから帰ってきた今こそ、確かめずにはいられなかった。


シリの問いにグユウは目を見開いていた。


ーー驚いているらしい。


グユウが何も答えないので追い討ちをかけるように、シリは質問をする。


「兄上は、きっと・・・あなたの部屋に女の人を送ったはずです」

声が震えた。


言葉を発しながら、喉が締めつけられる。


「・・・その方と、夜を過ごしたのですか?」

沈黙の中、グユウの表情がわずかに揺れた。


「その・・・部屋には来た」


たったそれだけの返答に、胸が冷たく沈んでいく。


ーーああ、やはり。


指先から体温が抜け、頬が熱を帯びる。


涙が込み上げる前に、シリはそっと視線を落とした。



「そうですか。きれいな人だったでしょうね」


ーー妃は嫉妬するのは恥ずかしいこと。


子を産むことは領の繁栄。


幼い頃からエマに叩き込まれた教えを思い出す。


でも、わかっていても、心が痛むのはどうしようもない。


「酒を勧められた」

グユウは淡々と話す。


シリは黙って聞いている。


以前、グユウはシリに嘘をつかないと話してくれた。


正直に話すのだろう。


「翌朝、鍛錬があると断って帰らした」


淡々とした口調に、シリは驚き顔を上げた。


「あぁ」


「どうして・・・」

シリが答えると、グユウは黙ってシリを見つめた。


思えば、愛情を示すのはいつも自分の方だった。


口づけも、手を握るのも、言葉を紡ぐのも。


グユウに「こうしてほしい」とお願いすれば、

戸惑いながらも優しい目をして応えてくれる。


「私のこと好きですか?」と問えば「あぁ」と答えてくれる。


グユウが自ら何かを求めてきたことは、たった一度——チク島の告白のときだけだった。


グユウの想いは、言葉ではなく瞳で訴えることが多かった。


けれど、今夜のシリはグユウの言葉が聞きたかった。


「どうしましたか・・・?」

「シリ・・・」


「なんですか」


グユウが何をしたいか。何を求めているのか。


シリはわかっていた。


ーーそれは私も望んでいること。


青い瞳が潤む。

顔が赤くなるけれど、シリは何も言わずにグユウを見つめる。


グユウは何か言いたげだった。


いつものシリならグユウの気持ちを察して、先回りをして行動をしていた。


今夜こそ、グユウの「言葉」が聞きたい。


ーーずっと不安だった。


妄想と嫉妬で胸が苦しかった。


愛されていると信じたいけれど、確かめたかった。


何も言わず、グユウを見つめ続ける。


グユウはシリの顔を見つめ、唇を強く噛んだあと小さく息を吐いた。


「シリ・・・逢いたかった・・・その抱いてもいいか」

掠れた声。


いつになく震える語尾。


まっすぐに差し出されたその想いに、シリの心はほどけた。


「グユウさん 寂しかったです」

両手を差し出すと、グユウがそっとその手を取る。



「シリより・・・美しい女性は・・・いない」


耳にする言葉は、他の人から何度も言われたことがある。


けれど、端正な顔をしたグユウが一生懸命、言葉を紡ぐ姿は胸に迫った。


「シリ」

名前を呼ばれるたびに砂糖のように胸の中が甘くなり、身体に熱が灯る。


ーーいつも、何を考えているのかわからない。


無表情のグユウが辛そうな顔をしている。


こんな顔を見せてくれるのは、きっと自分だけだ。


そう思いながら、シリはそっと彼を抱きしめた。




翌朝、晴れわたった真珠のような暁がおとずれ素晴らしい1日が始まった。


窓の外ではグユウが鍛錬をしている。


今日は暑くなりそうだ。


城のあちこちには涼しい木陰があり、黄金色の光がゆらゆらと揺れていた。


幸福に胸をときめかせたシリは、窓の外をうっとりと眺めていた。


グユウ宛に一通の手紙が届いた。


差出人はーーゼンシ。


手紙を読んだ後、グユウは淡々と伝えた。


「ゼンシ様が2〜3日中にレーク城に訪問するそうだ」


それは、静かなレーク城に一大センセーションを巻き起こした。


家臣、侍女、女中たちは失礼のないように準備に追われていた。


レーク城は、元々片付けられていたが、

あのゼンシの訪問を受けるのにチリ一つでも落ちていたら失礼になると思っているようだった。


女中達は厨房の戸棚まで掃除をした。

ゼンシがその中を見る機会などあるはずないのに。


グユウと家臣たちは会議を重ねていた。

周囲の喧騒の中、シリはただ1人冷静だった。


ーー兄上が来る・・・


憂鬱な気持ちになり物思いに沈んでいた。


あの夜と同じようなことを、妹の自分に求めるのではないか。


そんな不安に襲われる。


エマが近づいてきた。


唇をギュッと噛み締めて真剣な眼差しをしている。


どうしたのだろうか。


意を決したようにエマは口を開いた。


「シリ様。ご結婚以来、月のものがありません」

そう告げたのだ。

予告 番外編


ゼンシとの宿での日々。

夜伽を差し出されても、暗殺を勧められても、グユウは首を振った。

「人の道に外れることはしない」――そう静かに告げる。

そして帰路に立つ彼の手には、シリへの櫛がそっと握られていた。


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