最終話 あなたに逢う日まで頑張る自分でありたい
「グユウ様は全てが終わった後に、この手紙を渡すように言われていました」
エマから受け取った、その手紙の封をシリは切れずにいた。
どこか・・・落ち着いた場所で読みたい。
周囲を見渡すと、宿の西側に小高い丘が見える。
ーーあそこから・・・ロク湖が見えるはずだ。
歩いて数分の距離だけど、今の戦況では1人で出歩くことはできない。
カツイをお供にその丘へ歩んだ。
「その手紙は・・・」
カツイが遠慮がちに質問をした。
「グユウさんからの手紙よ」
シリは静かに話す。
その丘はロク湖が少しだけ見える。
カツイは、少し離れた所でシリを見守っている。
大きな木の根元にシリは座り、手紙の封を開けた。
手紙を書いた者が死んだ後で、その手紙を読むということは奇妙なものだった。
苦痛と慰めが入り混じる、ほろ苦い感じだった。
手紙にはグユウの美しい文字が並んでいた。
『シリ、悲しい想いをさせている。
すまない。
そして、嘘をつかない約束を最後に破った。
秘密を抱えている今、胸が苦しい。
それもすまない。
シリにはたくさんの苦労をかけた。
生家と争いが始まっても、オレのそばにいて、籠城の準備をしてくれた。
シンに愛情を注ぎ、戦費を稼いでくれた。
ワスト領のために頑張ってくれたことを忘れない。
オレたちは政略結婚だ。
その結婚で、シリにめぐり逢えたことはオレの一番幸運な出来事だった。
天が全てオレに開かれたと思った。
シリと出逢い、可愛い子供にも恵まれた。
ユウに伝えてほしいことがある。
その名は父の名からとったもの。
シリに似た女の子は父の願いだった。
どんな時も、父はユウを見守っている。
ウイの髪の毛は金褐色と伝えてくれ。
茶色と言ってすまなかった。
ウイの髪の毛と瞳は、父母から受け継いだもの。
オレはとても気に入っていた。
レイには早くに亡くなってすまないと伝えてくれ。
もっと一緒に過ごしたかった。
レイの瞳と髪の色は父と同じだ。
寂しくなったら鏡をみてくれ。いつも見守っている。
これから、シュドリー城に行くことにシリは不安を抱えていると思う。
けれど、大丈夫だ。
ゼンシ様は、オレとの約束を守ってくれると確信している。
なぜなら、ゼンシ様の気持ちがわかるからだ。
表現の仕方は間違っていても、ゼンシ様なりにシリを想っていることはわかる。
ゼンシ様は天運を引き寄せる懸命の努力がある。
敵として争わねばならなかったが、その強さと執念は認めざるを得ない。
こんな結果になったけれど、今でもオレはゼンシ様を尊敬している。
叶うことならシリと共に生きたかった。
けれど、愛おしいシリと子供達を生かすためなら何でもする。
オレの命より、シリの命が重かった。
以前、シリが話したように寿命が長いことが成功ではない。
短いのが失敗ではない。
全力で生き抜いたことが大事だ。
オレが選んだ道は自分が死ぬことだった。
それを選ぶだけ幸せなことだと思う。
父上やトナカは選べなかったからだ。
オレはありのままのシリを好いている。
いつか、オレのようにシリを想う男性が現れるだろう。
その時に、どうか後ろめたいと思わないでほしい。
子供達のためにも、シリには笑って生きてほしい。
苦しく、大変な状況でもシリは幸せと言ってくれた。
オレもそうだった。
シリに出逢ってからずっと幸せだった。
ありがとう。
シリ、約束をする。
オレ達は必ず逢える。
しばし、離れるだけだ。
シリが任務を全うするまでオレは待っている』
シリはこの手紙を何回も読み直した。
「こんな流暢な文章が書けるのに、口を開くとどうして・・・本当に不器用な人」
思わず独り言をつぶやく。
ーー口下手だけど、誠実な人だった。
ここに書いてあるのは偽りない本心だとわかる。
この手紙を生涯大事にしよう。
立ち上がった時には、シリの青ざめた顔には新しい光が溢れていた。
「グユウさん 約束を・・・信じるわ」
シリはしっかりとした声で言った。
「私は生きるわ。子供達の成長を見守って・・・セン家の血を守るわ。
笑ってみせる。子供のためにも、グユウさんのためにも。
挫けることも多いと思うけれど・・・やってみるわ」
視界の先にはロク湖が見え、秋の日が降り注いでいた。
◇◇
「シリ様、またお逢いできて光栄です」
セン家の重臣だったサムが膝を折り言葉を述べた。
「皆に逢えて嬉しいわ。生きていて・・・良かった」
シリはぎこちなく微笑む。
その微笑みは、今までみたことがなく、
そして、今後永久に消えることのない、あるものが混じっていた。
宿の応接間には、サム、チャーリー、ロイ、カツイがいた。
ゼンシはグユウとの約束を守り、家臣達を殺さず、
北の領土を攻めることはなかった、
悲しい争いだったけれど、グユウの願いである、
シリと子供達、家臣、領民の命は守られた。
「グユウ様とシリ様から頂いた感状のお陰で、士官先が見つかりました」
チャーリーが話す。
「どこに仕えるの?」
シリが尋ねると、サムが言いにくそうに伝えた。
「ワスト領の領土はキヨ殿が納めることになりました。
私も、他の家臣達もキヨ殿に仕えることになります」
「そう、キヨがワスト領を納めることになったのね」
シリの声音は苦々しいものだった。
しかし、キヨはレーク城攻めの中心人物だった。
ワスト領を与えられるのは当然のことかもしれない。
「シズル領はゴロク様が納めることになりました」
ロイが口を添える。
敗者は文句を言える身分ではないのだ。
シリは黙ってうなづいた。
「カツイは私を守ってくれたわ。あなた達はレーク城を守ったと聞いたわ。本当にありがとう」
シリは感謝の気持ちを込めて、皆に伝えた。
「グユウ様の願いですから。シリ様が好きな城だ、残してほしいと」
チャーリーが話す。
その話を聞いてシリは悲しげに微笑む。
自分は、グユウの大きな愛に包まれていたことを思い知る。
「その城にキヨが住むなんてね」
皮肉まじりで話すと皆はどっと笑った。
「グユウ様とシリ様に仕えることができて幸せでした。ありがとうございます」
カツイが頭を下げ、それに併せて皆も頭を下げた。
「残された領民のためにも、セン家の家臣は頑張ってほしいわ」
シリが話すと、顔を上げた重臣達が微笑んだ。
「グユウ様も亡くなる直前に同じことを話していました」
サムが寂しげに笑う。
「シリ様、準備はいかがですか」
エマが声をかけた。
「すぐに行くわ」
シリは声をかける。
ーーもう行かなくてはいけない。
シリと子供達は、ミンスタ領のシュドリー城に戻ることになった。
ゼンシが暮らす城に戻る。
グユウは死の直前に、ゼンシに手紙を送った。
その手紙にはシリと子供達の保護をお願いしている。
あのゼンシが約束を守るだろうか。
不安はあるけれど、重臣達同様、グユウの言葉を信じるしかない。
不安な時に、シリは懐にいれているグユウの手紙をふれる。
そうする事で少しだけ勇気が出る。
「これから叔父上のところに行きます。馬車の中では大人しくするのですよ」
出発前に、シリはユウとウイに伝えた。
2人にとって馬車の旅は初めてである。
「母上、シュリも馬車に乗って良い?」
ユウが質問をする。
本来、乳母子であるシュリは馬車に同乗することはできない。
けれど、ユウの心情を考えると小さな願いは叶えてあげたい。
「良いですよ」
シリが話すと、ユウもウイも顔を綻ばせた。
「シリ様・・・それは」
シュリの母である乳母のヨシノは声をかけた。
「良いのです。シュリはまだ4歳。歩くのは大変だわ。ヨシノもレイと一緒に馬車に乗って」
シリは、ヨシノの腕に抱かれているレイの顔を覗き込んだ。
ーーレイの黒い瞳を見ると恋しい誰かの顔を思い出す。
その瞳は夜の湖のように、黒く凪いでいる。
グユウに逢いたくなったら、レイの瞳を見つめよう。
「レイを産んで・・・本当に良かった」
シリは小さな声でつぶやく。
遠く離れたシンにも逢える日が来るのだろうか。
「シリ様、参りましょう」
エマが声をかけた。
シリは振りむいて山の上に佇むレーク城を見上げる。
その目は、レーク城が世界中で美しい場所と心得なければ気のすまぬ目だった。
あの城で、愛する人に出逢い、結ばれ、子を産んだ。
滞在期間はわずか5年だったけれど幸せだった。
もう、あの城に戻ることはできない。
その姿を目に焼き付け、馬車に乗った。
皮肉にもゼンシがいたから出会った2人は、やはりゼンシによって引き裂かれた。
けれど、共に過ごし、全力で戦い抜いた2人の人生を悲しいものだったとは誰にも言わせない。
グユウとの約束を信じ、子供達を育てるのだ。
セン家の血を絶やさない。
馬車に揺れながらシリはつぶやいた。
「あなたに逢う日まで頑張る自分でいたい」
秋の光の中、ロク湖のきらめきがいつまでもシリの瞳に残っていた。
第一部 完
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。
この小説は雨日が初めて書き上げた小説です。
掲載してから「なろう」の傾向を調べると、自分の書いているものはNG要素ばかりで震えました。
そんな小説をブックマークして下さった方、評価や感想を下さった方、そして最後まで読み続けて下さった皆様に、心から感謝しています。
シリとグユウの物語は、とても楽しく、そして何度も泣きながら書きました。
彼らの生き様を書けたことは、私にとって大切な宝物です。
完結後、より良い物語を目指して加筆・修正を重ねました。
その結果、当初より3万字も増え、最終的に約50万字の物語になりました。
数字だけを見れば「長すぎる」と思われるかもしれません。
けれど、その一文字一文字には、シリやグユウ、そして彼らを取り巻く人々への想いが込められています。
改めて、最後まで読み続けてくださった皆様に心から感謝いたします。
(もし時間があれば、加筆後の物語をもう一度読んでいただけたら嬉しいです)
この物語には続編があります。
公開するかどうか迷ったのですが、皆様に支えていただけたおかげで、筆を進めることができました。
次は、シリと三人の娘たちの物語です。
▼ 続編はこちら(完結済)
『秘密を抱えた政略結婚 〜娘を守るため、仕方なく妾持ちの領主に嫁ぎました〜』
https://book1.adouzi.eu.org/n0514kj/
▼ 第3部・新作はこちら
『秘密を抱えた政略結婚 ―血に刻まれた静かな復讐 禁断の恋が運命を変える―』
https://book1.adouzi.eu.org/N9067LA/
これからも、彼らの物語を大切に紡いでいきます。
引き続き見守っていただけたら幸せです。 雨日




