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あなたを好いている ― グユウ様からの手紙 ―

シリは、宿の庭のベンチに座っていた。


先ほど別れたばかりのゼンシの発言を思い出していた。


『ユウ、お前の父は立派な男だ』


ーーあれはグユウの事を指していたのだろうか。


それとも・・・自分のことを言ったのだろうか。



興奮したユウは、疲れたようで昼寝をしている。


昼間なのに周囲はひっそりと静まり返っている。


エマが戸外に出た方が良いというので庭に出たが、ただそこにいるだけだった。




「シリ姉、久しぶり」

タダシは遠慮がちにシリに声をかけた。


タダシの声にシリは顔を上げた。


モザ家の特徴である美しい金髪、青い目が見える。


タダシはゼンシの息子であり、シリの甥っ子でもある。


「タダシ、大きくなったのね」

シリは弱々しくタダシを見つめ、力無く微笑んだ。


「僕はもう18歳だ」

タダシは苦笑いをする。


けれど、シリと話していると13歳くらいの自分に戻ってしまう。


うつむくシリを見て、タダシは声をかけた。


「話し相手がいたほうがいい?それとも1人でいたい?」


「話し相手がタダシなら、1人よりその方がいいわ」

シリは答えたので、タダシは隣に座った。


「キレイな所だね」

庭に咲いている花々を見つめながらタダシは言った。


花が咲いていることなど気が付かなかった。


けれど、シリは黙ってうなずいた。


「僕は逢ったことはないけれど・・・グユウ殿は優しい人だったの?」


シリはゆっくりとうなづいた。


「シリ姉が、それだけ夢中になった男か。一度で良いから逢ってみたかった」

タダシは青く澄んだ空を見ながら話す。


「口下手な人です・・・。逢ったとしても話は弾まないと思うけれど」

シリの口調は、悲しみの中に少しだけ愛おしさが混じる。


「父上も話していた。寡黙だけど良い義弟だったと」

タダシが話す。


シリは弾かれたようにタダシの顔を見上げた


「タダシ・・・それはいつ?」

ゼンシは、グユウの事をタダシに話したのだろうか。


「争いの前日。父上は珍しくワインを飲んでいた。

あの父上がそんなことを口にするなんて・・・本当は戦いたくなかったんじゃないかな」


風に揺れる花々を見ながらタダシはつぶやく。


「グユウさんも・・・兄上のことを尊敬していたわ」


ーー心の底で想いあったとしても、歩み寄れないものがある。


それは、2人とも多くの命を担う立場である領主だからこそだ。


敵味方に分かれて戦わねばならない状況で、

ゼンシも口にはできない心の葛藤があったのだろうか。


どうして、争いは起きるのだろうか。


やりきれない気持ちが込み上げて、シリはため息をついた。


「シリ姉・・・今の気持ちわかるよ」

タダシはシリの顔を見つめた。


「もう、笑えないと思っても、またいつか笑える日が来る。また、夢を見る日が来る」

タダシは瞑想にふけるようにつぶやく。


「とてもそう思えないわ。私は夢を見れません。タダシ、夢はお終いになったの」

シリは苦しそうに話した。


グユウがいない世界で生きる、そう思うたびに胸が苦しくなる。


「お終いにはならないよ。辛いことがあっても・・・嬉しいことがあったり夢を見る日が再び来るよ」

タダシの話を聞きながら、シリは不意に思い出した。


8年前にタダシの母は、出産後に亡くなった。

失った母を求め、泣き叫ぶタダシとその弟を慰め続けていたことがあった。


「タダシ、あなたの夢は何?」

シリは、自分と同じ金色に輝く髪と青い瞳を持つ青年を見上げた。


「良い領主になって、死んだ母上に逢うことだよ」

タダシは微笑んだ。


「シリ姉も逢える。いつかまた、シリ姉はグユウ殿に逢える」

タダシはシリに話すというより、自分に言い聞かせるように話した。


「その時になったら・・・グユウさんは若いままだけど私は歳をとっているのよ」

シリの唇は震えた。


「神様はそんな風じゃなくて、もっと良いようにしてもらえるよ」

タダシは微笑む。


何の根拠もない話だけど、シリの心は少しだけ慰められた。


ーーグユウが話していたことを思い出した。


『シリが役目を終えるまで、オレは待っている』


それをするためには、頑張らないといけない・・・。


今はとてもできそうにないけれど。


それでも・・・本当に夢を見る日など来るのだろうか。


そう思った矢先、エマが近づいてきた。




シリが顔を上げると、エマの唇は震えている。


「シリ様、グユウ様からの手紙を預かっています」


懐から手紙を取り出した。


「手紙?グユウさんから?」


ーーグユウは・・・死んでしまったはず。


呆然とした表情で手紙を受け取るシリを、エマは見つめていた。



エマの脳裏に、手紙を託されたあの午後の記憶がよみがえる。


あの日、オーエンが亡くなった日のことだ。


グユウに呼び出されて、エマは書斎にいた。


少し日が陰った午後のことだった。


グユウから、シリを救出する計画を打ち明けられた。


「シリ様は・・・覚悟を決めておられます」


シリはグユウと死ぬつもりだ。


そのシリの覚悟に沿うようにエマも心を砕いていた。


グユウが話す計画は、シリにとって辛いものになるだろう。


「わかっている」

グユウは優しくエマに話す。


「シリ様は仰っていました。生きる苦しみよりも好いたグユウ様と死にたいと・・・!」

エマは涙ぐみながら話す。


「オレもシリを好いている」

グユウはサラリと話すので、エマはドキマキしてしまった。


ーーその言葉をシリ様自身が聞いたら、どれほど救われるだろうか。


エマは切なく胸を締めつけられた。


「好いているからこそだ。シリは特別な女性だ。

これからの世のためにもオレはシリを生かしたいと思っている」

グユウは少し掠れた声で話した。


その黒い瞳は慈しみがこもったものだった。

エマは言葉にならず立ちすくむ。


グユウは椅子から立ち上がり、エマの前に立った。


「エマ、オレが死んだらシリは苦しむだろう。その時にシリと子供達を支えてくれ。頼む」

グユウはエマに頭を下げた。


エマは狼狽した。


領主が自分のようなものに頭を下げるなんて・・・聞いたことがない。


エマは両膝を床についた。


「お顔を上げてください」

グユウに頼む。


「エマ・・・シリと子供達を頼む」

グユウは頭を下げ続けている。


「グユウ様、承知しました」

エマは涙声で伝えた。


「私の残りの命をかけてシリ様を支えます」

その声を聞き、グユウは心底ホッとした表情をして頭を上げた。


「エマ、感謝する」


シリが幼い頃からエマは何度も言い聞かせた。


『女性は疑問を持たず、口にせず、微笑んでいる方が可愛らしい。殿方にも愛される』


何度も伝えたのに、シリは理想の女性からかけ離れた姫に成長した。


気が強く、思った事を口にし、いつでも不機嫌そうな顔をしていた。


私の育て方が間違っていたのだろうか。


自分以外の人間はシリを取り扱えない。


結婚したら、その相手は大変な想いをするだろう。


嫁ぐ前のエマは不安を抱えていた。


そんなシリを、グユウはひたむきで不器用な愛情を注いだ。


グユウは、シリが歩いた地面を崇拝するほど、シリを惚れ抜いた。


そのグユウを見つめるシリの瞳、表情、声・・・

エマが今まで見たこともない幸せに溢れたシリの顔だった。


寝室でグユウがもたらす愛情表現は呆れたが、

夕方、2人でそぞろ歩いているところ、お互いに向ける目つきに愛情が溢れているところ・・・


想い合う2人を見るのは、乳母としてこの上なく幸せだった。


「嫁ぐ前のシリ様は・・・いつも面白くない顔をしていました。

グユウ様と結婚してから、本当に幸せそうでした」

エマは泣きながら伝えた。


「そうか」

言葉は短かったけれど、グユウは微笑んだ。


「ジム」

ジムはグユウに手紙を差し出した。


「この手紙を・・・全てが終わったらシリに渡してほしい」

グユウはエマに差し出した。


「全てが終わった・・・とは?」

エマが恐々質問をした。


「オレが死んで、義兄上に逢った後だ。エマ、頼んだ」

優しく微笑んでエマに渡した。




「グユウ様は全てが終わった後に、この手紙をシリ様に渡すように言われていました」

エマはシリに伝えた。


シリは真剣な顔でエマの顔を見つめた。


「お読みください」


明日の9時20分 最終話 あなたに逢う日まで頑張る自分でいたい


ブックマークありがとうございます。

息苦しい展開が続く中、読んでもらえて嬉しいです。


追記、間違えて1時間早く更新してしまいました。

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