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託された者は生きねばならない

「このままでは・・・城が落ちる」

サムが悔しそうにつぶやく。


ミンスタ領の兵が、どんどんと城にむかって押し寄せてくる。


来るべき時に備えて、シリは周到に罠を仕掛けた。


残った兵で力の限り戦っていたが、否応がなく限界が見えてくる。


ミンスタ領の兵は3万、一方、レーク城に籠った兵は500人程度。


多勢に無勢だ。


兵達の雄叫びの声が近づき、弓矢が城の壁に当たっては弾けた。


窓ガラスを突き抜けた銃弾が兵の頬や腕をかすめる。


怪我人が続出している。


「なんとか、この城だけは残したい」

チャーリーは弓を手に誓う。


城を残すことがグユウの願いだった。


「煙が見えます」

北側の窓を見張っていた兵が悲痛な声で報告をした。


「あぁっ」

知らせを聞き、ロイがガックリと膝を折り床を見つめた。


事前にジムから聞かされていた。


『全てが終えたら煙を上げます。そこで争いは終了です』


チャーリーは青ざめた顔で唇を噛み締める。


兵達のざわめきが嘘のように止み、城内に重い沈黙が落ちた。


サムは息を吐いた後に顔を上げた。


ーー落ち込んでいる暇はない。


「今すぐ白旗を上げろ」


サムの命令を聞き、

兵達は各窓から事前に用意された白旗を掲げた。


唐突に上げられた白旗に、ミンスタ領の兵にざわめきが走る。


「玄関の扉を開けろ」

サムは震える声で指示をした。


昨夜、グユウが話していた。


『義兄上に連絡済みだ。オレが死んだら争いを止め、家臣全員を助ける』


ゼンシとグユウは手紙でそんな約束をしたらしい。


グユウはゼンシの約束を信じていた。


ーーけれど、あのゼンシが約束を守るだろうか。


他の領のように、降伏した無抵抗の家臣たちを殺めるのだろうか。


そんな疑問を抱えたのはサムだけではない。


兵の誰もが思っている。


チャーリーとロイは弓と剣を手にしていた。


「皆、武器を捨てて手を上げるのだ」

サムが伝えた。


チャーリーとロイが反論しかけたが、サムが目でそれを封じた。


「グユウ様の話を信じよう」


自らの命を賭けて、自分達を守ってくれた。


亡くなった領主の言葉を重臣は信じるのみ。


サムは、開け放たれた玄関にむかって両手を上げた。


玄関にキヨが現れた。


「我が領主 グユウ・センは自害をされた。我々は降伏する」

サムが告げる。


レーク城は明け渡され、残った兵達は捕えられた。


ワスト領はミンスタ領に敗北し、3年半にわたる長い争いが終了した。



◇◇


グユウ自害の知らせは、カツイの耳にも届いた。


ーーこの知らせをシリ、そして子供達に知らせるのは辛い。


辛い任務を他の人に任せたいと思った。


でも、そんな人は誰もいない。


グユウは皆を助けるために争いを終わらせた。


ジムもグユウに寄り添っただろう。


重臣の先輩であるジェームズは命を賭けて散った。


重傷を受けながら任務を遂行した歳下のオーエン。


残された仲間は城を守って戦った。


この知らせは、ワスト領の重臣である自分が妃と子供達に知らせなくていけない。


それがグユウに任せられた任務だ。


カツイは震える足で宿の階段を登り、シリの部屋を訪ねた。


シリは窓のそばで両手を組み合わせて座っていた。


その瞳は窓の外を一心に眺めている。


質素な黒い服を着て、悲嘆に満ちた美しい姿をしていた。


カツイの訪問に、エマが何かを察したように息を呑んだ。


「シリ様・・・」

カツイはヘナヘナと床に膝をついた。


シリは、ゆっくりと顔をカツイにむけた。


「グユウ様が・・・亡くなりました」

溢れそうになる涙を堪えながらカツイは報告する。


「あぁ・・・」

声を出し泣き出したのはエマだった。


一方、シリは落ち着いていた。


「カツイ、知らせてくれてありがとう」

悲しみのあまり涙も枯れ果てた目で、静かに答えた。


「子供達に・・・知らせなくていけません」

シリはスッと立ち上がり階段を降りた。


不安げな顔をしたユウとウイに、シリはグユウの死を告げた。


まだ幼い2人だったが、この数日で死が身近に感じていた。

それだけ悲しい経験をした。


突然、兄がいなくなり、祖母が消えた。


自分達を可愛がってくれた祖父、いつも敬意を払っていたオーエンが死んだ。


そして、今度は最愛の父が死んだ。


ユウとウイは泣き叫び、シリは2人を抱きしめる。


「グユウさんは立派な最期でした」

シリは悲しみに満ちた瞳で2人の顔を見つめる。


「もう・・・父上には会えないの?」


ーー『そんなことない』と言ってほしい。

掠れた声で囁くウイにシリは告げた。


「・・・もう逢えません」

シリはつぶやいた。


何も知らないレイは、籠の中でぐっすりと眠っていた。



「シリ様、今夜は私もこの部屋にいましょうか」

カツイは遠慮がちに提案をした。


シリの心痛を考えると、エマだけに任せきれない気がした。


「ありがとう、カツイ」

シリは忠実で心優しい重臣の顔をじっと見つめた。


「でも、部屋に滞在しなくてもいいわ。セン家は負けました。

ミンスタ領の兵達が何をするかわからないわ・・・子供達の安全も考えて、いつものように1階で待機して」

シリは静かに話す。


「はい。でも・・・」

カツイはシリのことが心配だった。


「グユウさんが死んだこと、まだ本当の事とは思えないの。

遺体を見てないし・・・2日前まで話していたのに、グユウさんが死んだなんてあり得ないって思うの。

それでも、胸が締め付けられるようで苦しいの」


カツイは、シリの言うことが理解できなかった。


涙を見せずに苦しんでいるシリよりも、

エマや他の乳母のように泣き出して悲しみに身を委ねた方がわかりやすかった。


けれども、シリが悲しみの夜を静かに過ごせるように、黙って一礼をして部屋を出て行った。


シリは暗闇の中で窓辺にひざまづき、レーク城の方向を見つめる。


ーーあのグユウが死んだなんて・・・どうにも受け入れられず、信じがたい出来事だった。


涙は出ず、ただ疼くような切なさがみなぎっていた。


どうして泣けないのだろう。


泣けない自分は、冷たい女なのかと責めた。


昨夜、ほとんど眠れなかったシリは疲れ果て眠りに落ちて行った。


夜中に真っ暗闇の中、ふと目覚めたシリは2日前の記憶が波のように押し寄せてきた。


城門で別れた時に、微笑んだグユウの顔が目の前に浮かぶ。


『オレもシリを好いている』

その声が聞こえるような気がした。


涙が込み上げてきて、シリは激しく泣き出した。


部屋で待機していたエマは、シリを慰めるように寄り添う。


「シリ様・・・」

かける言葉もなく背中をさする。


「あぁ・・・グユウさんがいないこの先、私はどうしたらいいの?」

シリは絞り出すような声で話す。


「託された者は生きていかねばいけません」

エマは震えた声で伝えた。


エマの言葉にシリは顔を上げた。


「以前・・・ジムが私に伝えた言葉です」

エマが口添えをした。


ジムは34年前に妻を亡くしたと聞いた。


愛するひとを失った苦しみを抱え、暗黒な道のりを1人で歩く。


想像もできない苦しみにシリは感じた。


「ジムはグユウ様の成長を見守ることで悲しみが癒えたと聞いています」

涙を流しながらエマは伝えた。


それは、ジムから聞いたことがある。


「私にもいるわ・・・3人も・・・」

シリは震える手でシーツを握りしめた。


「そうです」


「エマ・・・今日の子供達の様子を見て、私は死ななくて良かったと思ったわ。

グユウさんの言う通りだった。両親が共に死んだら、子供達は耐えられなかったわ。

それでも・・・それでも・・・今夜だけは泣かせてちょうだい」


シリはエマにしがみつき、声をあげて泣き出した。




悲しみに暮れた夜があけ、新しい朝がやってきた。


朝日が差すのに、心は重く冷たかった。


何か恐ろしいものが近づいている――そんな予感がした。


悲しみに沈んでいるシリの元に訪れた男がいた。


夫を殺した兄 ゼンシである。

明日の9時20分 グユウを殺したわしが憎いか?

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