オレもシリを好いている。最後の言葉
「シリ様 失礼します」
ゴロクが右腕、キヨが左腕を強く掴む。
「何をするのですか!」
シリがゴロクとキヨにむかって叫ぶ。
2人は無言でシリを城門まで引きずった。
「やめて!」
シリは抵抗するけれど、女の力では2人の男には敵わない。
「離して!!」
暴れても、叫んでも、無駄だった。
顔を上げると、切なそうな瞳をしたグユウの姿がどんどん遠くなる。
ーーこれでお別れなのだろうか。
あんなに愛し合ったのに、最後は敵兵に引きずられて、
無理やりグユウさんと別れるのだろうか。
最後なのに・・・・自分が話した言葉は『嫌です』だけだった。
このまま別れるなんて絶対に嫌だ。
このままでは終われない。
一生後悔する。
シリの瞳はカッと見開いた。
強い目線でゴロクを睨んだ。
睨まれたゴロクは思わず腕の力を抜いた。
ーーチャンスだ。
キヨは非力だ。
シリは右腕を振り払い、左腕を掴んでいるキヨを睨みつけた。
「ひっ」
キヨが短い悲鳴をあげて手を離す。
「汚い手で触るな!!!」
強い口調でゴロクとキヨを怒鳴りつけた。
怒りを孕んだ青い瞳が、怖気付くゴロクとキヨを睨みつけた。
「私を誰だと思っているの?気安く触るな!」
吐き捨てるように叫ぶ。
激しい怒気がシリの周辺から放たれた。
困難な時ほど大胆不敵で、一瞬で場を制する力がシリにはあった。
周囲は水を打ったように静まり返った。
誰も声を発せず、ただ見守るだけだった。
その顔、声、表情は恐ろしいほど領主 ゼンシに似ていた。
2人は呆然として、その場に座りこんだ。
「申し訳ございません」
ゴロクとキヨは頭を下げ、平伏した。
ユウとウイは泣き止み、ジムは口を開けた。
次の瞬間、シリはグユウにむかって駆け出した。
「グユウさん!!」
戸惑うグユウに飛びつくように抱きしめた。
「グユウさん 好きです!!」
呆然とするグユウの黒い瞳を見つめる。
グユウの袖を勢いよく掴んだ後に背伸びをして、グユウの唇に口づけをした。
「シリ・・・」
唇を離した後に、驚いたグユウが発した言葉はそれだけだった。
多くの家臣が見守る中で、口づけをする。
それも女性の方から。
シリに免疫があるグユウでも、理解の範疇を超えていた。
「ずっと好きです。忘れません」
追い討ちをかけるようにシリは呟き、再びグユウの唇を塞いだ。
次の瞬間、グユウはシリの背中に手をまわし、強く強く抱きしめた。
2人は抱き合ったまま口づけを続けた。
息を整える間すら惜しむように、ただ互いを求め合った。
その光景は後々の伝説になる。
口づけが、長くなり深くなり息が足らなくなってくる。
シリは呼吸すら忘れた。
苦しくて、それでも離れたくなくて、シリはグユウの首に自ら腕をまわした。
ーー離れたくない・・・。
唇を離した後、グユウは震える手でシリの頬を撫でた。
暖かいゴツゴツしたグユウの手。
一生懸命、剣技に励み、その手で何度もシリを抱いてくれた大好きな手だ。
「シリに出逢ってから驚くことばかりだ」
グユウは優しい目でシリを見つめる。
「最後まで驚かせたかったの」
シリは微笑んだ。
「シリ、オレはお前を幸せにしたかった」
グユウはシリの瞳を切なさそうに見つめる。
「あなたに逢えて、結婚できたことが最大の幸せでした」
シリはグユウの瞳を見て伝える。
「シリ・・・」
「私の取り扱いは難しいはずなのに・・・、最後の最後に秘密を作って・・・完敗です」
「シリ、すまない」
「約束は守ります。私の残りの命をかけて子供を育て、セン家の血を残します」
強い瞳でシリはグユウに伝える。
「それでこそ・・・シリだ」
グユウはシリを優しく抱き直す。
ーーこのまま、こうしていたい。
シリはグユウの胸に抱かれ、目を閉じた。
清涼なグユウの香りがする。
「シリ、約束する」
上から優しい声が降ってきた。
シリが顔を上げると、グユウは優しい瞳でシリを見つめた。
「シリが役目を終えるまで、オレは待っている」
「待ってくれますか?私を見守ってくれますか」
シリはグユウの顔を見つめて問いかける。
ーー死後の世界のことはわからない。
それでも・・・
「あぁ。約束する」
グユウは黒い瞳に力を込めて伝えた。
ーーその言葉を信じたい。
「それなら・・・その日を楽しみにしています」
シリの青い瞳は涙で滲んだ。
・・・もう行かなくてはいけない。
シリは優しくグユウから離れた。
そして・・・必死な想いでグユウに背をむけた。
ゆっくりと城門へ足を運ぶ。
一歩進むたびにグユウから離れる。
本当は今すぐグユウに駆け寄りたいのに。
それは辛い道のりだった。
呆然と地面に座るゴロクとキヨに声をかけた。
「手伝わなくてもよい。自分で歩く」
そう言い、顎を少し上げた。
2人は慌てて、シリの跡を追う。
この城門を越えると、レーク城に戻れなくなる。
シリは息を呑んだ。
追い出されるのではない。
自らが進んで出るのだ。
本当はこのまま妻として添い遂げたかった。
けれど母として、生きて子どもを守らねばならない。
それが、グユウの望んでいたことだ。
シリは涙をこらえ、足を前に運んだ。
城門の隣にジムが微笑んで立っていた。
「シリ様、見事でした」
ジムが感服したように伝えた。
「当然です。私はワスト領の妃ですよ」
シリは震える声で話し、城門を出た。
そして、振り返る。
愛着があるレーク城、そして門の前に佇むグユウを見つめた。
「城門を閉めよ」
グユウが命じた。
重臣達が4人がかりで重い扉を閉め始めた。
ーーもう逢えない。
涙が溢れるけれど、昨日、グユウが話したことを思い出す。
『この世で見納める光景は、シリの笑った顔を思い出すようにしたい』
グユウの瞳に映る最後の自分は、笑った顔にしたい。
扉が閉まる瞬間、
「シリ!」
グユウが叫んだ。
「オレもシリを好いている」
グユウは微笑みながら伝えた。
シリは大きく息を吸って伝えた。
「私もです」
涙をこらえて、笑顔だけを残した。
それがグユウへの最後の贈り物だった。
送られたピンク色のドレスはとても似合っている。
グユウを魅了し続けた青い瞳と金髪は、今日も美しく輝いていた。
グユウが最後に見たシリの姿は、今まで一番美しい笑顔だった。
泣きながら書いた話でした
明日の9時20分 最後まで一緒に過ごしたかった




