花ひらく姫、揺れる盟約
グユウと結婚して6週間。
シリは別人のようになった。
冷ややかな打ち解けない態度、不機嫌だった瞳は微塵もなくなった。
毎夜、グユウに優しく抱かれ、彼女はまるで光をまとった花のように、柔らかく、香り高く開いていった。
城の中でシリほどよく笑い、機知に富む者はいなかった。
今日も赤ん坊のシンを抱き上げて、有頂天で可愛がる。
「あぁ。可愛い手だわ」
シリは呟き、小さな手をとらえて唇を落とす。
グユウの瞳を持つシンにシリは夢中だった。
話しかけられ、愛されているシンは以前より表情が豊かになった。
そんなシリの輝きに、グユウも、そして城の誰もが目を細めていた。
まるで眩しいものでも見るかのように。
6月過ぎに、シズル領の領主 トナカがレーク城に遊びにきた。
訪問の理由は各領の情報交換だった。
しかし、本音はグユウの妻 シリにあいたかった。
ーーゼンシの妹がどんな女か、確かめてやろう。
グユウとうまくやってるのかも気になる。
グユウは10歳までシズル領で人質として育ち、
年が近いトナカとは兄弟のような関係でもある。
結婚直前のグユウに会った時は、周辺に黒いオーラが漂っていた。
けれど、今のグユウは春の陽気のように暖かい雰囲気だ。
近況報告をした後、グユウから切り出した。
「シリに会いたいだろう」
「もちろんだ」
トナカはニヤッと笑った。
グユウが呼び出すとシリが挨拶に来てくれた。
廊下から軽い足音が聞こえる。
妃にしては落ち着きがない足音だ。
ーーまさか走ってるのか?
ミンスタの魔女が来る!
扉を開けたシリを見た瞬間、トナカは目を見開いた。
髪には小さな赤い薔薇をさし、青色のドレスを着ている。
輝く金髪に青い瞳のシリがそこにいるだけで周囲がパッと華やかな空間になる。
ーー女神のようだ・・・
トナカの口はポカンと開き、完全に思考が停止した。
「シリ、シズル領の領主トナカ・サビだ」
グユウが口を開いた。
「トナカ、オレの妻シリだ」
“妻”という言葉を口にするグユウは、どこか誇らしげで、喜びを隠しきれていなかった。
トナカは慌てて自分を取り戻す。
親友の妻を見て、我を忘れたなんて恥ずかしい。
「グユウ。綺麗な奥さんだな。見てると、俺まで嫁をもらった気分になる」
その言葉に、場は和やかな笑いに包まれた。
トナカは、グユウとシリが領政の話を対等にしていることに舌を巻いた。
シリは世の中の先を考え、自分の意見を述べていた。
トナカには妻が3人いるが、
周囲の女性達は誰も政治について関心がなかった。
それは、女性は政治に口を出すなと教育されていたからだった。
ーーこれが、新しい時代の女性か。
◇
昼食後は、グユウ、トナカ、シリは3人で乗馬を楽しんだ。
トナカは最初、シリが乗馬をすると知り狼狽えた。
ーー女性が馬に乗れるはずない。
そう思っていたのだ。
男装のシリを見て、さらに度肝を抜いた。
隣に立つグユウは表情が崩れない。
きっと見慣れた光景なのだろう。
平坦な道を走ると、シリの馬がスッと2人の前に躍り出た。
後ろにいるグユウとトナカを煽るように見つめる。
その瞳にドキッとしてしまう。
シリは片手で馬を御しながら、もう片方の手で木を指差す。
「あの木まで競争しましょうか」
笑顔だったけれど、目は挑戦的だった。
その後、鞭を使ってまっしぐらに疾走した。
トナカは「ヒュー」と口笛を吹く。
ーー完敗だ。
すごい女性だ。
ゼンシの妹と聞いて身構えていたが、
彼女は魅力と生命力にあふれた、常識外れの素晴らしい女性だった。
そしてグユウが心を寄せるのも、十分に理解できた。
着替えの間、グユウとトナカは立ち話をした。
「グユウ、素晴らしい后だ。美しいだけではなく聡明だ。そして・・・」
トナカは、馬上から振り返ったシリの顔を思い出して、ふっと笑った。
「とても気が強い。良い妃が来て良かったな」
「オレには勿体ない妻だ」
「いや、お前じゃなきゃ無理だよ。俺のとこに来たら持て余してた」
そう言って、トナカは真顔になった。
二人は並んで窓の外を見た。
ロク湖が、静かに光を湛えている。
「グユウ、ゼンシがミヤビに行って国王に挨拶をする噂を聞いた。本当か?」
「本当だ。この前ワスト領への通行許可を申請してきた」
「ついに国王を騙して領土統一をする気だな」
トナカは拳を握りしめる。
トナカは以前から、ゼンシに対して不愉快な気持ちを抱いていた。
そう思う領主は少なくない。
「周辺の領主達も警戒するだろうな」
グユウは淡々と話す。
「俺は絶対にゼンシの臣下にならない」
強く断言したトナカの目が、グユウを射るように見つめた。
「ゼンシを信用するな。グユウ」
グユウをジッと見つめながら、トナカはつぶやく。
「・・・わかっている」
グユウの声もまた、深く、静かだった。
次回ーー
ワスト領に嫁いで二ヶ月。
数日間の不在に揺れる心、帰還した夫の手にあったのは優しい色の櫛だった。
けれど夜、どうしても抑えられない想いが口をつく。
「……私以外の女性と一緒に夜を過ごしました?」




