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優しき領主の決断

サムとチャーリーが重い城門の扉を開けると、

そこには、エマと子供達、乳母が立ちすくんでいた。


「これは・・・」

シリはそう言った後に絶句した。


エマの隣にカツイとその息子オリバーがいる。


さらに奥には、キヨ、ゴロク、エルがおり、

後ろにはミンスタ領の兵がズラリと並んでいた。


兵達の後ろには、モザ家の印が入った馬車が2台停まっている。


シリをミンスタ領に戻す準備が、城の外で行われていたのだ。


ユウとウイは、いつもと違う状況に不安な顔をしていた。


「父上!母上!」

ユウが不安げに声をかけた。


「子供達をここへ」

グユウが声をかけると、ユウとウイはグユウの元に駆け寄る。


エマと共に、レイを抱いた乳母もグユウのそばに歩み寄る。


シリの隣に寄り添ったエマは、黙って刀と木像を受け取った。


グユウに命じられたエマは、朝食後から城を抜け出す支度をしていたのだ。


グユウは膝をつき、ユウとウイを抱きしめた。


「ここでお別れだ。2人とも元気でな」

そう伝え、愛おしげに子供達の顔を見つめた。


状況を察したユウの顔がサッと強張った。


「父上、どうして?」

ウイは突然泣き出した。


「もうしばらくしたら、争いに負けるからだ」

グユウは静かに答えた。


「父上も一緒に逃げましょう」

ウイは泣きながらグユウの袖を掴んだ。


「ウイ、父はここの領主だ。ここを守るために死んだ兵のためにも、

家や畑を焼かれた領民のためにも逃げるわけにはいかない」

グユウは大人に話すように話した。


それは、まだ3歳のウイにとって理解できない話だった。


「嫌よ!父上!一緒に!」

声をあげて泣き出した。


グユウは困ったような顔でウイの群青色の瞳を覗く。


ーーその瞳は、自分とシリの瞳を混ぜた色だ。


2人の子供なんだと実感したことを昨日のように思い出す。


ウイが産まれた時、天にも昇るような心地がした。


幸せだった。


「ウイ、ワガママを言ってはダメよ」

そう話すユウの瞳は涙で溢れている。


泣き出すまいと懸命に堪えているが、今にも決壊寸前だ。


グユウは、その青い瞳を見つめた。


ーー愛おしい妻と同じ瞳と同じ髪。


例え、本当の父親ではなくても・・・愛おしく大事な娘だ。


美しい妻に似た子が産まれてほしい。


グユウの願いを叶えてくれた子だ。


「ユウ、母と妹達を頼む」

グユウは大人に話すように話した。


「はい」

ユウは気丈に返事をした。


「ウイも母の言うことをよく聞くのだ」


「父上も一緒に・・・」

ウイは頭をふって泣き叫ぶ。


泣いて嫌がるウイを、オリバーが抱えて城門まで連れて行った。


「頼む」

グユウはヨシノに、ユウも門の外に連れ出すようにお願いした。


「ユウ様、参りましょう」

乳母 ヨシノが声をかけると、ユウは首を振ってグユウの袖から手を離さない。


ーー返事はしたけれど嫌なのだ。


父と離れたくない。


この袖から手を離したら・・・もう父に逢えない。


「ユウ様・・・」

ヨシノは途方に暮れた。


ウイと違って、ユウは自分が納得しない限り、絶対に動かない。


母親、そして父親ゆずりの激しい気性の持ち主である。


「ユウ様、一緒に行きましょう」

乳母の子供 シュリがユウの肩に手をかけた。


「嫌よ。父上と離れたくない」

ユウはシュリの手を跳ね除けた。


「行くのです」

シュリはユウの隣に座り、その青い瞳をじっと見据える。


こんな風にシュリに強く言われるのは初めてだ。


「いや・・・」

小声でつぶやくユウにシュリは手を強く握った。


「さぁ、行きましょう」


「シュリ、ユウを守ってくれ」

グユウはシュリの茶色の瞳を見つめた。


シュリはグユウの言葉にしっかりとうなずき、力強い手でユウを引っ張って城門へ進む。


見上げれば、父はまだそこにいる。


けれどもう二度と手は届かない――ユウにはそう思えた。


「父上・・・」

ユウが後ろを振り向くと、グユウは微笑んでうなづいた。


城門から出た瞬間、ユウは泣き崩れシュリが受け止めた。



2人の子供の泣き声を聞きながら、グユウは乳母からレイを受け取った。


柔らかく暖かいレイを抱き寄せ、その瞳をじっと見つめた。


ーー自分と同じ黒い瞳に黒い髪、この子が一番セン家の血筋を濃く引き継いでいる。


大きくなったら自分のことは忘れているだろう。


こんなに愛おしく想っている父親のことを。


それでも良い。


オレは忘れない。


「レイ、元気で」

そう呟き、乳母にそっと手渡した。


その一連の流れを、シリは立ち尽くして見つめていた。


ユウとウイの泣き叫ぶ声が遠くに聞こえる。


ーーこれは本当の出来事なのだろうか。


母としては門の外へ出るべきだと分かっている。


だが妻としては、愛する人に背を向けることが地獄だった。


夢であってほしい。



その時、グユウは振り返り、真っ直ぐシリを見つめた。


「シリ、子供達を頼む」

その瞳は、深い悲しみと覚悟に満ちていた。


「・・・いや」

シリの頬に涙が伝う。


「やっぱり嫌。グユウさんと離れたくない」

シリの強い言葉は、矢のようにグユウに突き刺した。


「シリ・・・」

グユウは困ったような顔をする。


ーー妃らしくないと言われてもいい。


バカな女と言われてもいい。


聞き分けが悪いと言われてもいい。


みっともなくてもいい。


グユウと離れるなんて・・・耐えられない!


「グユウさん!!」

シリは夢中でグユウに駆け寄り、グユウを抱きしめた。


咄嗟にグユウの両手はシリを抱きしめようとした。


けれど、空中でその手を強く握り締め、横に垂らした。


「頼む」

グユウは、門の外にいるキヨとゴロクを見つめてお願いをした。


ゴロクとキヨがレーク城に入る背中を、エルは見つめていた。


4日前の夜、突然グユウに呼び出されて、レーク城を訪問した。


何回か通った客間で、グユウはシリの救出を頼んだのだ。


「オレの命と引き換えに、妻と娘達、そして家臣を頼む」

ゼンシに渡す手紙と共に、グユウは優しく話した。


有頂天で手紙を受け取るキヨを横目に、エルは思った。


ーーあんなにシリ様は、グユウ殿と一緒に過ごすと話していたのに。


想いあっているなら・・・好いているのなら、最後まで一緒にいれば良いのに。


この領主は優しい。


死の淵に佇んでも、愛する人の幸せを願うことができる。


優しいのは弱いのではない。


この領主は強いの・・・だと。



今日の17時20分 ずっと好きです。忘れません

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