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終わりたくない夜

「ああ!母上、きれいね!」

食堂にはいったウイが目を丸くして感嘆した。


母は、今までウイが見たことがない白と紫色の服を着ていた。


ウイの言葉に、グユウは嬉しそうに目尻を下げた。


「この服はウイも似合うと思うわ。ウイの瞳に映えると思うから」

シリが話す。


「私も大人になったら、同じ服を着たい」

ウイが目を輝かせて母の顔を見上げる。


「その頃には・・・この服は時代遅れになっているはずよ」

シリは微笑んだ。


ウイは黙って両親を見つめた。


少し頬を上気した母と、その母を愛おしそうに見つめる父の姿を見るたびに憧れてしまう。


ーー母はいつも以上に美しく輝いて見える。


今夜は父と母と一緒に夕食を食べる。


いつも、子供部屋で食事をとるので、こんな事は初めてだ。


食卓はご馳走が並んでいる。


テーブルの反対側では父と母が微笑み、デザートにアップルパイまで出てきた。


この日は遅くまで、食堂は賑やかだった。


やがて子どもたちを乳母に任せ、二人だけの静かな時間が訪れた。


食堂の明るさとは対照的に、寝室には月明かりだけが満ちている


「シリ、よく頑張った」

食事が終わり、寝室のソファーに座ったグユウはシリを抱き寄せた。


空には雲ひとつなく、大きな丸い月が銀色に輝きを増して寝室を照らしていた。


今晩は子供達と過ごす最期の夜だった。


明日の夕方には、子供達、侍女、戦意がない厨房や庭師達は、レーク城から出ていくことになっている。


子供達と過ごす最期の夜は、笑って過ごすとシリは決めていた。


食事の間、シリは寂しさを胸に秘め笑顔でいることが多かった。


グユウはその笑顔に騙される者ではなかった。


「ユウは・・・薄々気づいているかもしれません。聡い子ですから」

シリはそう言いながら目を閉じる。


ユウが何度か意味ありげな瞳で、シリを見つめたことを思い出していた。


ーー明日の夕方、子供達と別れる時に取り乱さないでいられるか。


子供達の前で、最後まで気丈な母を演じられるか。


それが心配だった。


グユウは黙って、月光で輝くシリの髪を撫でる。


不意にシリがグユウの顔を見上げた。


「昨夜の約束、覚えていますか?」


「えっ?」

グユウは髪を撫でる手を止めてしまった。


「忘れてしまいました?」

見上げた青色の瞳が少し潤んでいる。


ーー忘れていない。

さっきだって思い出していた。


辛い思いをしているシリに、そんな事を言えないだけだ。


グユウは無言で首を振った。


シリは恥ずかしそうに身を縮めた。


「今夜もしようと言ってくれたのに」


その言葉を聞いた瞬間、グユウは抑えが効かず、シリの震える唇を唇で塞いだ。


ベッドに行こうとするグユウに、シリは背中に回す腕の力を強めた。


「カーテンを閉めてください」

恥ずかしそうにお願いをした。


月の光が強すぎて、寝室は明るかった。


ーーこんな明るい所では恥ずかしい。


「オレは・・・シリの姿をこの目で焼き付けたい」

ほんの少し前に出れば唇が触れ合うような吐息のかかる距離で、グユウがお願いする。


「ダメか?」

子犬のように甘えた瞳でお願いされると、何も言えなくなる。


コクコクとうなづくシリに、グユウが幸せそうに笑う。


出会った頃のグユウは、無口、無表情、無愛想だった。


感情が読めないグユウの気持ちが知りたくて、

半ば意地になり、シリはグユウの顔を見続けた。


そのお陰で、シリはグユウのわずかな表情や眼差しで何を考えているか。


何を思っているのかを察するようになってきた。


グユウは気持ちを瞳に乗せる事が多かった。


特にシリを抱いている時は、その瞳は如実に愛を語ってくれた。


今晩も美しい黒い瞳でシリを見つめてくれる。


昔と変わったことは、想いを口にしてくれることだ。


「好きだ」

薄い唇でつぶやいた言葉に、シリはどうしようもなく胸が高鳴る。


母としては明日の別れに備えて心を固くしなければならないのに、

女としては彼の言葉ひとつで胸がほどけてしまう。


どちらも自分なのだと思うと、涙が滲んだ。


目の淵を少し赤らめたグユウの顔がよく見える。


ーー部屋が明るくて嬉しい。


シリの手を強く掴んでベッドに縫い付けると、グユウはシリに覆い被さった。


グユウの唇は、シリの名とその言葉しか発しない。


寄せては返す湖畔の波のように、何度も何度もシリの耳へとその言葉を注ぎ込む。



「グユウさん・・・嬉しいです」


シリの言葉を聞いた後、グユウは切なそうに眉毛を寄せた。


「終わりたくない」

グユウは泣きそうな声で感情の雫をこぼした。


恍惚の中でシリは腕を伸ばす。


「私もです」

震える声で返した。


ーー本当は死にたくない。


本当はずっとグユウと一緒にいたい。


子供達の成長を一緒に見守りたい。


嬉しいことも、悲しいことも受け入れるから・・・あなたと一緒に歳を重ねたい。


それができたら、どんなに幸せだろう。


けれど、多くの人の命を担っている領主と妃は、そんな想いを口にしてはいけないのだ。


グユウとシリにとって、プライベートはこの寝室だけだった。


せめて、今だけは・・・

シリはグユウの手をからめると、視線を重ねた黒色の瞳が霞んだ。



意識を取り戻したシリがまぶたを開くと、慈しみ溢れる表情をしたグユウの顔が見える。


「きれいだ」

肩で息をしながら、グユウはシリを見ていた。


グユウはシリの汗ばんだ前髪を横に流した後に、強く抱きしめた。


「シリ、きれいだ」

耳元でつぶやくグユウの声にシリは顔を赤らめる。


今夜のグユウは口数が多い。


「まだ明日もありますから」


ーー明日の今頃、自分はどんな顔をしているのだろうか。


子供達をエマに託し、別れなければならない。


けれど、その隣にグユウがいてくれるなら、きっと大丈夫だ。


朝からすみません…


次回ーー

朝の光の中、グユウの腕に抱かれたシリは目を覚ました。

それは、争い前夜の、あまりにも静かな朝。


初めて贈られたピンクのドレス、

最後になるかもしれない穏やかな日常。


感状を手渡す領主と、それを受け取る家臣たち。

誰もが悟っていた――今日が「別れの始まり」だということを。


そしてグユウは、静かに呟く。

「オレの最後の大仕事だ」


今日の17時20分 オレの最後の大仕事だ

エピソード108 俺の片恋です まで加筆修正を行いました。

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