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最後の二日間、あなたと共に

グユウは軽やかに舟から降り、シリに手を差し伸べた。


「行こう」


シリは、その手を握り返した。


長い間、舟に乗っていたので、島の地に降り立つと身体が揺れているような気がする。


100段を越えるゴツゴツした階段を登り切った頂上に建物が見えた。


ここはセン家が大事にしている建物で、中には小さな女性の木像が飾られている。


グユウとジムは用事があるので、

シリは先に建物から出て、青々とした草葉に座り込んだ。


形の良い顎を膝の上に乗せて、

斧で断ち割ったような島の端から見えるレーク城を見つめた。


ーーグユウとは出逢った翌日に結婚式を挙げた。

よくある政略結婚だった。


寡黙で何を考えているのかわからないグユウに反発して、癇癪をおこし、初夜は失敗に終わった。


男の人に心をかき乱されのは初めてだった。


結婚4日目にグユウに恋をして、その日の夜に初めて結ばれた。


『恋をすると世界の見え方が変わる』

姉や侍女の噂話でよく聞いていた。


自分は決してそうならないと思っていた。


実際は違う。


恋をするということは、

ありふれた世界が突然、色鮮やかな世界に変化し、全てが新鮮に映った。


グユウは不器用ながら優しく、シリの気持ちを常に尊重してくれた。


結婚しても、段階を踏むときはいつも確認をしていた。


手を繋いでいいのか?

口づけをしていいのか?

本当に致しても大丈夫か?


遠慮がちに聞いてくる。


その度に、シリはムッと怒ったような顔で照れ隠しをして、

「いいですよ」と許しを与え、手を繋ぎ、口づけをして、結ばれた後はグユウより嬉しそうに微笑んだ。


微かに変化するグユウの表情を見て、

シリはそれまでグユウに感じていた不確かな気持ちを、はっきりと自覚した。


けれど、グユウの気持ちはさっぱりわからなかった。


毎晩、抱かれながらもシリは不安に思った。


妃の一番大事な仕事は子作りだった。

子を成すために、グユウは優しくシリに接しているのか。


女心を奪っておきながら、何食わぬ顔で近くにいる。


本当にいるだけ。


無表情、無愛想、無口なのに、シリを見つめる瞳は、とても優しく、身体に触れる手は優しい。


そんなグユウに強く惹かれながらも、自分の感情が制御できないことに戸惑った。


私ばかりが心を乱され、夢中になっている・・・。


感情が読めないグユウにヤキモキしていた。


この島に初めて訪れたのは、結婚して3週間が経った時だった。


結婚相手であるグユウに気持ちを伝え、2人の距離は縮まった。


その時に、グユウがシリに誓った。


『約束する。オレはシリに嘘をつかない』


その言葉通り、グユウはシリに対して誠実だった。


今日は・・・大事な話をするためにここに来たのだろう。


話の予想はついているけれど・・・それを聞くのがシリは怖かった。


「遅くなった」

グユウの声にシリは振り向いた。


ーー相変わらずかっこいい。


白い肌にインクのように黒い硬い髪が生えている。


すっと通った鼻、薄い唇、切れ長で黒い瞳は、昔と違って優しく揺れている。


じっと見つめるシリをみて、グユウは不思議そうな顔をする。


「どうした」

「昔の事を思い出していました」

「・・・そうか」


グユウはシリの隣に座った。


「シリ・・・聞いてくれるか」

グユウが口を開く。


「はい」

シリは覚悟をしながらうなずいた。


「ミンスタ領の降伏は受け入れないことにした」

グユウは、真っ直ぐにシリの顔を見つめた。


ゼンシからの降伏条件は、ワスト領を離れ、東領に行くことだった。

そうすることで命は助けると話していた。


そこで新しい生活をすることをシリは望んでいた。


グユウと子供達、義父母、家臣と共に・・・。


「父上は死んだ。我々にゼンシは嘘をついた。やっぱり、ゼンシは信用できない」

グユウが話すことは最もな事だった。


ーー降伏は罠なのかもしれない。


「兄は・・・なんで、そのような嘘をついたのでしょうか」

シリは声を震わせる。


「それは・・・シリの事を大切に想っているからだ。シリを死なせたくないのだ」

グユウは静かに話した。


シリは憤りを感じた。


「私のことを大切に想っているのなら・・・あんな事はしない」

言葉と同時に、背筋に冷たいものが走った。


あの夜の痛みと恐怖が、まだ身体に刻まれている。


「それでも・・・だ。シリの事を大事に想っているのは確かだ」

グユウは悲しみと憤りが混ざって複雑な表情を見せた。


「それならば、私が死んだら、さぞかし兄は悔しがるでしょう。良い気味だわ!」

シリは頬を赤くして叫んだ。


「シリ・・・」

グユウは切なさそうな目をした。


自分でも言いすぎたと思った。


けれど、気持ちが収まらないので訂正するつもりもない。


「オーエンが命をかけて伝えたこと、無駄にはしない」

グユウはシリの頭をそっと撫でる。


シリは、グユウの肩に顔を預けた。



「ゼンシ・・・義兄上はすごい。あれだけ敵に囲まれても天運を引き寄せる努力があった。

シリを苦しめた義兄上が憎らしいけれど・・・憎みきれない」

グユウは苦しそうに話す。


「はい」

シリは涙をこらえながら返事をした。


「敵わぬまでも力の限り最後まで戦う。シリ、すまない」

グユウは辛そうな目でシリを見つめた。


領主として、争いが始まった以上、終わらせなければならない。


「最期までそばにいます」

シリは覚悟を決めた顔つきで話す。


グユウは不意に、膝の上で手を組んでいたほっそりした手に自分の手をかけた。


黒色の瞳がいつもより深い黒みを帯び、薄い唇を開いた。


「シリ、頼みがある」


「なんですか」

グユウの真剣な目に、シリは背筋が伸びる思いがした。


「オレに最後まで仕えてくれた家臣達に感状を書いている」

グユウが話す。


感状を書くことで、もらった家臣は次の領主に仕えるときに有効な推薦状になる。


「素晴らしいです」

シリは目を潤ませた。


自分の死の直前に、家臣の事を考えるグユウは本当に優しい。


「オレが死んだ後も、この感状があれば家臣達は有利に生きていける。

10日前から書いている。あと150通はある。明後日には家臣達に渡したい。

シリ・・・感状書きを手伝ってもらえるか?」

最後は控えめに、グユウがお願いする。


「当然です」

シリは微笑む。


ーー3日間の停戦を申し込んだのは、このためだったのか。


改めて、シリはグユウの優しさに惚れ直す。


「グユウさん、城に戻ったら書きましょう!」

シリはグユウの手を強く握り返した。


「シリ、感謝する」

グユウは少しだけ微笑んだ。


ーーグユウと共に過ごせるのは、あと2日。


その2日間はずっと一緒に過ごせる。


なんて贅沢な時間だろう。


その期間は、感状を書いて、書いて、書き続けよう。


こんな優しい人と最後まで共に過ごし、一緒に死ねるなら・・・望むものはない。


ただ――この時間が終わらなければ、と願ってしまう。


次回ーー


チク島から戻った夜、

グユウはただ静かに、家臣たちへ感状を書き続けていた。

シリはその背に寄り添い、残された時間をかみしめるように手を動かす。


――明日がある。

そう言える日々が、あとわずかでも。


夜更けの寝室で交わされた温もりは、

近づく別れの気配を、ほんの少しだけ遠ざけてくれた。



明日の9時20分 明日もありますから・・・

エピソード74 2人には敵わない まで加筆修正をしました。

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