羨ましい死に方 ー好いた女に看取られるのならー
「グユウ様からの伝言です。今夜は領務があるので寝室に戻らないそうです」
寝室に訪れたエマがシリに報告をした。
「そう・・・エマ、ありがとう」
報告をしてくれたエマに感謝を伝えた。
父親が亡くなり、隣の館はミンスタ領に占領された。
そして、争いの時に右腕になっていた重臣を失った。
若い領主であるグユウには、やるべき仕事がたくさんあるのだろう。
シリはため息をついて、自分の手を見つめた。
手のひらにはオーエンの温もりが残っている気がした。
そして・・・最後の言葉。
「シリ様、今夜はお一人で大丈夫ですか?」
静かなシリの様子に、エマが気遣う。
「大丈夫よ・・・」
シリは気丈に微笑んだ。
エマには伝えなかったけれど、シリは思っていた。
ーーもうすぐ、私も死ぬ。
死後の世界はあるのだろうか。
もし、あるとしたら再びオーエンに逢える気がした。
そう思うと、寂しさは少しだけ紛れた。
明日から争いが再び始まる。
シリは、いつもより広く感じるベッドに横たわり、静けさに包まれたまま目を閉じた。
翌朝、目を覚ますと、朝の光がカーテンの隙間からこぼれており、
グユウが真っ直ぐにシリを見据えていた。
シリは少し驚いた。
まさか、ずっと、こうして見ていたのではないかと。
「グユウさん・・・おはようございます」
シリは少し顔を赤らめて話す。
「あぁ」
グユウは相変わらず真っ直ぐにシリを見つめた。
今朝のグユウは軍服ではなく平服だった。
平和だった頃に、よく着ていた白いシャツと黒いズボン。
飾り気のない服装だけど、
グユウの見目が際立つ服装だと、シリはいつも思っていた。
「今日は・・・争いがないのですか?」
「ミンスタ領に3日間の休戦交渉をした。向こうは了承した」
グユウは淡々と話す。
ーーなぜ、休戦をしたのか。
グユウの意図はわからなかった。
3日間の休戦の間に、亡くなった者を弔い、英気を養い、
大事な人に最後の別れの時間を作るためだろうか。
「今日は・・・チク島に行きたいと思う」
突然のグユウの発言にシリは目を見張る。
「これからですか?」
「あぁ。支度はできるか?」
「すぐにします」
シリは慌てて、乗馬服を着た。
チク島に行くには、舟に乗り、階段を登るのでスカートでは行けなかった。
「行ってきます」
馬車に乗り込んだシリを、エマは不安げな顔をしながら見送る。
「チク島に行くのは久しぶりだわ」
「最後に行ったのは・・・レイが妊娠した頃だったな」
グユウが答えた。
2年近く訪れてないことになる。
それは、ロク湖を含む土地はミンスタ領に包囲されてしまったからだ。
チク島には、セン家が大事にしている木像が納められている。
父親が亡くなったので、グユウは報告をするのだろうか。
馬車を進めると、西側の領地の境目にミンスタ領の兵がズラリと並んでいた。
ーー休戦交渉をミンスタ領が破れば、ここで襲われる。
あの兄のことだ。
やりかねない。
恐怖のせいか、シリは思わず肩をすくめる。
襲われたトナカの妻、サラの最期を思い出す。
「大丈夫だ」
グユウは優しく話したけれど、剣をいつでも取れるようにしていた。
車内は緊迫した雰囲気に包まれる。
ミンスタ領の兵は何もしない。
剣をかまえたまま、敵の領主の馬車が通り過ぎるのを眺めている。
本当に約束を守る気のようだ。
安堵のため、シリは深いため息を吐いた。
ロク湖にぽっかりと浮かぶチク島にむかうため、舟に乗る。
風に追われて舟が押し流され、シリは口ばしのように突き出た舟頭の床に腰を下ろし座っていた。
目の前には、青く揺らめく湖が視界いっぱいに広がる。
この3年間、ずっとレーク城の中にいたので、
シリは目に映る全てのものが新鮮に感じた。
舟は湖面を切り裂くように進んでいた。
風が頬を撫で、きしむ音だけが響く。
「穏やかな顔だった」
不意にグユウがつぶやいた。
オーエンの遺体を見た時のことだと、シリにはすぐにわかった。
黙って頷くと、彼は続けた。
「看取ってくれて、感謝している」
「どうして、側にいなかったのですか」
シリは静かに問いかけた。
オーエンはグユウにいつも付き添っていた。
一番、忠実な若い重臣だったのに。
「最後は・・・好いた女に看取られた方が幸せだと思ったからだ」
グユウの発言に弾かれたようにシリは顔を上げた。
「グユウさん、ご存知だったのですか。その・・・オーエンの気持ちを」
シリは口ごもった。
「あぁ。気づいていた」
湖風に黒い髪をなびかせてグユウは答えた。
「私は・・・ちっとも気づきませんでした」
シリは後悔するように目を伏せた。
「それも知っている」
グユウがつぶやいた。
グユウは呆れるほどに言葉足らずのくせに、
シリの表情や行動の変化には誰よりも早く気づく。
湖風が二人の間を吹き抜けた。
「昔・・・オーエンに結婚を勧めたことがあります」
「それは残酷な事を言ったな」
グユウは呆れたように話す。
ーー結婚を勧めた時、オーエンは笑っていた。
けれど、その視線は遠くを見ていて、意味がわからなかった。
今なら、片恋の痛みを抱えていたのだとわかる。
あの時のオーエンの表情を思い出して、シリは涙が出そうになった。
「オーエンは最後に気持ちを伝えたか」
グユウが確認をしたので、シリは黙ってうなずいた。
「・・・聞かせてくれ オーエンの最期を」
グユウがつぶやいた。
ぐんぐん進む舟の先を見つめながら、シリは話した。
最後は涙が止まらなくなり、膝を抱えて、こみあげる嗚咽をグッと喉の奥に押し込む。
「好いた女に見守られ、ベットの上で逝くのか・・・羨ましい死に方だ」
グユウは憂いを帯びた表情で話した。
ーーそんな死に方を望むなら・・・
「グユウさんが望むなら・・・私は看取りたいです」
シリが顔を上げて伝えた。
「オレには許されない死に方だ」
グユウは寂しそうに優しく答えた。
その響きは、まるで自分の最期を知っている者の言葉のようだった。
湖風だけが、ふたりの間を吹き抜けた。
「グユウさん、それって・・・」
シリが質問をしようとしたら、舟は港に着いた。
グユウは軽やかに降り、シリに手を差し伸べた。
「行こう」
次回ーー
チク島で告げられた、グユウの決意。
降伏を捨て、最期まで戦うと告げた夫の隣で――
シリは、残された二日を「共に生き、共に終わる」覚悟を固めていく。
静かな湖の上で交わされた誓いは、やがて二人の運命を大きく動かしていく――。
本日の17時20分 敵わぬまでも力の限り最後まで戦う
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この小説は、花屋で鯖を売っているような物だと認識しています。
流行の展開は1つもないのに読んでくれる皆様に感謝をしています。
エピソード57 別れの朝 どこにいても幸せを願っている まで加筆修正をしました。




