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降伏の使者は、恋心を隠して


その日の午後、レーク城にキヨとエルは足を運んだ。


キヨは夜通し戦い、一睡もしていない。


痩せた顔に不釣り合いに大きな瞳は、

仕事を成し遂げた喜びと興奮で渦巻いていた。


「今日はワシが話す」

キヨが弟エルに伝えた。


「兄者、大丈夫ですか?」

エルは怪訝な顔をした。


「もちろん大丈夫だ。ゼンシ様からの伝言を伝えるだけだ」

キヨは自信満々だった。


「また、シリ様の逆鱗に触れなければいいのですが・・・」

エルは浅いため息をついた。


二人が挨拶をすると、ジムが静かに迎えたが、その表情は不安に曇っていた。


今日のレーク城は慌ただしい、取り乱したような空気が流れていた。


ーー無理もない。


父親の館が襲撃されたからだ。


エルは、顔を動かさず、視線を様々な方向に動かしていた。


客間のドアが開き、グユウが部屋に入りシリも続いた。


「グユウ様、シリ様、本日はよろしくお願いします」

キヨとエルは頭を下げた。


「本日は我が領主の伝言を伝えに参りしました」

キヨが落ち着いた声で話す。


ーー今日の兄者は、珍しくまともに見える。


シリ様が目の前に現れたというのに、頬を赤らめることも、惚けたような笑みを浮かべることもない。


ようやく、自分の立場をわきまえる気になったのか。


エルは、隣で頭を下げながら内心ほっとしていた。


・・・だが。


「申してみろ」

グユウが伝えると、キヨは顔を上げた。


溢れるような美しいシリが、何かを言いたげな表情でキヨの顔を見つめていた。


キヨの肩が、わずかに揺れた。


目線が静かに、そして吸い寄せられるようにシリ様へ向けられている。


ーーやれやれ・・。


心の中でため息をつきながら、エルはキヨに鋭い視線を送った。


――今じゃない。見るな。


無言の警告は届いたようで、キヨは咳払いひとつで視線を外し、いつもの調子を装って言葉を続けた。


ーー好きなのは、もうわかってる。


けれど・・・惚れてるだけじゃ、どうにもならないんだ。


エルは、シリ様の横に立つグユウに目を向けた。


その隣に立つことの意味を、キヨが一番わかっているはずだった。


「グユウ様、争いを終わらせましょう。我が領主は降伏を求めています」

キヨは言い切った。


ゼンシ率いる軍勢にレーク城を包囲され、今はワスト領は抵抗する力はほぼ無いに等しい。


「降伏するなら東領を与えるとゼンシ様は話しておりました」

キヨが前ににじり寄る。


それまで自分に敵対する者は容赦なく切り捨てていたゼンシにとって、

これは破格の待遇だった。


シリとグユウの空気は揺れた。


盟友関係にあったシズル領のトナカは、ゼンシによって滅ぼされた。


今のワスト領には、援軍はない。


「なぜ・・・今さら義兄上は・・・」

グユウの口から久々に『義兄』という言葉が出た。


「それは・・・もちろん、シリ様の配偶者でもありますし」

キヨは言いよどみながらも、視線をグユウに戻した。


「ゼンシ様は、グユウ様を高く評価しています」


少し間を置いて、キヨは苦笑まじりに続けた。


「『このワシを三度も死にそうな目にあわせた。滅多にないことだ』――とのことです」


言い終えると、キヨはつい、隣のシリに目を向けてしまった。



シリの瞳に希望が芽生えた。


「グユウさん」

澄んだ声で伝えた言葉はそれだけだった。


けれど、シリの意図を汲んだようにグユウはうなずく。


「家臣の身の安全も保証します」

追い討ちをかけるようにキヨが伝えた。


「父は・・・無事なのか」

グユウはキヨに問いかけた。


「はい。もちろんです。東領の気候は温暖です。マサキ様にとっても良い土地だと思います」

キヨが答えた。


シリとグユウは顔を見合わせた。


ーー願ってもない条件だった。


この戦況で、これ以上の条件を望めない。


「明日、返事をする。それまで待っててくれ」

グユウはキヨに伝えた。

次回ーー

降伏を決めた夜、シリとグユウはようやく“未来”を語り合えた。

握り合った手の温もりは、確かな希望のように思えた。



◆登場人物


シリ

レーク城の妃。気丈で賢く、誰よりも民と家族を案じる女性。

戦の終わりを強く願っている。


グユウ

シリの夫でワスト領主。誠実で沈着。

戦況の悪化の中、領民と家臣を守ろうと決断を迫られる。


キヨ

ゼンシ軍の筆頭家臣。

シリに秘めた想いを抱えつつ、ゼンシの降伏条件を伝えに来た男。

その胸の奥にある本心は、誰にも読めない。


エル

キヨの弟。理性的で兄の暴走を止めたがる。

シリへの兄の感情を危惧している。


ジム

レーク城の重臣。マサキの館襲撃により不安を隠しきれない。


マサキ

グユウの父。キヨの襲撃に遭い、生死不明。

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