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争いが起きる時は誰にも止められない

長い一日が、間もなく終わろうとしていた。


厚い扉を背に、シリは寝室へ戻るとソファーに崩れ落ちた。


早朝のシンとの別れ、キヨからの降伏の話、子供たちへの説明、そして重臣会議――。


心を揺らす出来事が立て続けに押し寄せ、体の芯まで疲れが染み込んでいた。


「疲れただろう」

グユウがシリの肩に手をかけ、自分に引き寄せた。


「はい」

シリはうつむいた。


シンとの別れを、思い出すたびに胸が刺すように痛む。


ーー今頃は・・・無事に新天地に到着しているのだろうか。


「今日はよく耐えた」

グユウは慈しむような目でシリを見つめた。


「何を・・・ですか?」

シリは顔を上げた。


「シンの件も・・・子供達のことも・・・そして、キヨ殿に対しても感情を乱さなかった」

グユウは口にした。


ーー領主の仕事は忙しいのに。

自分のことを気にかけてくれている。

そのことが嬉しい。


「感情を乱さず・・・大人の対応をしたとしてもキヨは嫌いです」

シリは唇を尖らした。


邪なキヨの目つきを思い出すと、背筋に寒気が走る。


「・・・だとしても、それを表に出さなかった。

機嫌が良い日は、そういうことも容易い。今日みたいな日は・・・よく耐えた」

グユウは淡々と話す。


「キヨの目線が卑しいからって・・・そんな事はどうでも良いのです。

人生は大きいから、そんなつまらぬ事に構っていられません。

果たさねばならない仕事もあります・・・それでもキヨは嫌いです」

シリが最後の一言をつぶやくと、グユウは少し微笑んだ。


「それこそ、シリだ」

そう言ったグユウの瞳は、いつもと変わらない静さがある。


シリは、その瞳を見ながら思った。


――もし、この穏やかな時間がずっと続けば。


だが、無条件降伏を拒否した手紙は、ゼンシの元に届けられるだろう。


ゼンシは激昂するだろう。


いつ死ぬかも変わらない、そんな世界に身を置いている。


自分が死ぬのが先か。

グユウが死ぬのが先か。


可能性としては、戦場にいるグユウが先の方が高いだろう。


シリは、そっとグユウの胸にもたれた。


「シリ・・・」

グユウの手つきが先ほどと違う気がする。


「グユウさん、今日は疲れているんじゃないですか?」

シリはさりげなく予防線を張りはじめた。


「もう元気になった」

グユウは短く答えた。


「なんですか。こんな時に」

シリはグユウの腕を跳ね除けようとする。



「こんな時だから行う。明日、俺が無事でいる保証はない。次があると信じるより、今を逃したくない」

グユウの声は低く、戦場の匂いをそのまま運んできたようだった。


遠く、馬場の厩舎から馬のいななきが聞こえる。


落ち着きなく蹄を鳴らすその音に、胸の奥がざわついた。


グユウはシリの首元に顔を埋めた。


「そう言って・・・毎回しているじゃないですか」

シリの語尾が弱くなった。


「今日は絶対にする」

彼は衣の紐へと迷いなく手を伸ばす。


ーー『また今度』は永遠に来ないかもしれない。


「ここで・・・?」

ソファーではなくベッドが良い。


グユウはシリの首に刻まれた傷跡を、優しく指でゆっくりと這う。


熱い吐息が寝室に響く。


グユウの首に腕を絡ませながら、シリは思った。


ーー争いは暴走した馬のようなものだ。


いきりたった馬を止めることは容易ではない。


ワスト領は無条件降伏を拒否した。

もう・・・ワスト領は終わりにむけて全力で走り出している。


争いが起きる時は誰にも止められない。


順番を間違えたので一回消しました。良いお盆をお過ごしください。


次回ーー

「これが最後の争いだわ」

湖を望む丘で、シリは穏やかに微笑んだ。


無条件降伏を拒み、ワスト領は戦を選んだ。

その夜、土砂降りの雨の中――

キヨが崖下からの奇襲を命じる。


運命の夜が、静かに動き出す。



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