――もう、勝てないことはわかっている。それでも、戦う道を選んだのだ
「ミンスタ領に降伏ですか?」
尖ったオーエンの声が客間に響いた。
「あぁ。ミンスタ領が提案してきた」
グユウが淡々と説明をしてきた。
「そんな降伏、受け入れられない!!」
グユウの父 マサキが激昂した。
「降伏の条件は何ですか」
サムが質問をした。
「・・・無条件降伏とのことだ」
グユウが話す。
部屋は静まり返る。
ーー信用ならない。
そんな空気が部屋に満ちている。
「グユウ様、最後の最後までミンスタ領と戦いましょう」
チャーリーが真剣な目でグユウを見つめる。
ジム、オーエン以外の家臣は、チャーリーの発言に力強く頷き、
「そうだ!」
「ミンスタ領に屈服しない」
「レーク城と共に命を燃やす」
口々に吠えた。
「シリ様はどう思われますか?」
カツイが控えめに質問をした。
今日のシリは一言も発しない。
紫色のドレスはを着たシリは、黄金の冠を戴いた美しいマドンナのようだった。
重臣会議でシリが発言しないのは珍しいことだった。
「私は皆を好いているので・・・命を守りたいと思っています」
シリの発言に部屋の空気が揺れた。
「降伏・・・それも無条件降伏、
それで争いが終わり、家臣や領民が助かるのならば・・・受け入れたい」
シリの発言に熱が籠る。
そのシリの瞳を、グユウはジッと見つめた。
「けれど、あの兄のことです。信用できません」
シリの青い瞳に燃えるような熱が宿る。
こういう瞳の時のシリは、美しく、人を惹きつける強い力が湧き出る。
「過去に兄は『降伏すれば命は助ける』と約束しながら、降伏した兵や領民を容赦なく殺しました。
私の叔母がそうです・・・。ひどい殺され方をして、無抵抗の家臣を皆殺しにしました」
シリは震える声で話す。
シリの脳裏に、幼い頃に見た叔母の顔がよみがえる。
ーー自分と似ている容姿の叔母。
長い金髪、青い瞳、モザ家の容姿。
彼女の最期を知り、何度もその光景を思い浮かべてしまう。
逆さに吊られた叔母の髪が、血に濡れて地面をかすめる。
風が吹くたび、衣の裾が揺れ、白い足が晒され、誰かの泣き声と、剣の金属音。
自分たちも東領と同じ運命を辿るのだろうか。
その叔母の顔が自分の顔になりーー隣にはグユウがいる。
そんな怖い想像を・・・何度も、何度も思い浮かべてしまう。
部屋は水を打ったように静まり返った。
「東領の領主夫婦のことだ」
グユウが口を挟んだ。
重臣達が顔を上げた。
「城を開け放す代わりに、家臣と自分達の命の保障をゼンシに伝えた。
ゼンシは約束をした。家臣と領主夫婦の命を保護すると」
グユウは淡々と説明をした。
シリは黙ったまま、遠くを見つめていた。
「城の開放後、ゼンシは約束を破った。丸腰の家臣達を次々と殺め、領主夫婦を逆さ吊りにした」
グユウの声が途切れる。
テーブルの上で誰かの指が無意識に拳を握りしめる音が、やけに大きく響いた。
シリは俯いたまま、自分の手の甲を見つめる。
そこに、鮮血が飛び散ったであろう、あの日の光景が重なった。
青白い指先が震え、唇がかすかに開く。
「兄はグユウさんを気に入っていました。誠実な男だ。良い義弟を手に入れたと、
私に話したことがあります。兄の提案を信用したい・・・信用できない」
シリは苦しそうに話す。
「・・・降伏したシズル領の家臣達も皆殺しにした」
サムが憤りを隠せないようにつぶやく。
「あぁ、トナカ様の御母上も・・・妾も殺めた。泣いて命乞いをしたのに無情にも斬ったらしい」
チャーリーが沸々と怒りが湧くようにつぶやく。
「そんなゼンシだが・・・国王は殺さなかった。鬼のような振る舞いもするが・・・優しい一面もある」
グユウは、悔しそうにつぶやいた。
争いが始まってから、グユウの心は常に揺れていた。
ーー愛する妻を苦しめたゼンシを、殺したいほど憎らしいのに憎みきれない。
ゼンシには、困難な時ほど大胆不敵、怯むなき闘争意欲があり、一瞬で場を制する力がある。
妻と似ている義兄のそばにいると、
自分は凡人で、新しい時代を作る人は、ああいう人なのだと思い知る。
「グユウ、惑わされるな。ミンスタ領は約束を破り、シズル領を攻めた。そんな領の領主は信用ならない」
グユウの父 マサキは声を荒げた。
「リャク領は早朝に焼き討ちされ、城内にいた老人、子供、女性を皆殺しにした」
ロイは胸糞悪そうにつぶやく。
誰かが小さく息を呑む音が、広い室内に響いた。
ロウソクの炎が揺れ、壁に伸びた影がわずかに震える。
過去の話を聞けば聞くほど、ゼンシの非道さが目につく。
「『降伏すれば命は助ける』は、その場の口約束にすぎません。
恐らく、その時は本心からそう思っているのでしょう。
けれど、一度疑い出すと、癇癪が抑えられなくなります。兄はそういう性格です」
シリは静かに話した。
会議の結果、無条件降伏の提案は拒否することが決定された。
厚い扉が重く閉まり、低い音が室内にこだました。
廊下に出た瞬間、張り詰めていた空気がほどける。
だが胸の奥では、先ほどの言葉の数々がまだ熱を帯びて燻っていた。
その日の夜に、配達人が手紙を届けにレーク城を発った。
――もう、勝てないことはわかっている。
それでも、戦う道を選んだのだ。
長いので二話構成にしました。後ほど続きを更新します。
次回ーー
長い一日が、ようやく終わろうとしていた。
降伏を拒み、争いを選んだ夜。
シリとグユウは、静かに寄り添い――
「明日、俺が無事でいる保証はない」
その言葉に、彼女はそっと瞳を閉じた。




