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生きていれば、また逢える

「グユウ様、シズル領は滅びました。争いはやめませんか。

今、降伏をすればゼンシ様は許すと話しております」

エルの発言にシリは驚きのあまり呼吸が止まった。


ーー争いを止めることができる?


それは願ってもない出来事だった。


「本来、この争いはグユウ様は望まれてなかったと思われます」

エルは2人の顔を見つめ話す。


そうだった。


争い前、グユウは義兄ゼンシを心から尊敬していた。


ワスト領とミンスタ領が同盟をした時の約束である『シズル領への不戦の約束』を

ゼンシが破ったため、争いが始まった。


争いは憎しみや諍いから始まる場合がある。


グユウの場合は、尊敬する義兄としがらみで争いが始まってしまった。


「シズル領は滅びました。もう争う義理はないはずです」

2人の揺れる心にエルが追い討ちをかける。


ーーシリの瞳が揺れている。


この機会を逃さない。


「シリ様、御母上から手紙を預かっています」

エルは懐から羊皮紙を取り出す。


「母から・・・?」

シリの瞳はますます揺れた。


「はい。シリ様を心から心配しております」

エルは手紙を差し出す。


震える手で受け取った手紙には、シリを案ずる内容が書いてある。


争いをやめるように説得する文言が並んでいる。


「母上・・・」

今朝、シンを手放したばかりなので、母の気持ちが痛いほどわかる。


シリの美しい青い瞳から涙がこぼれた。


その姿を見たエルは、胸の奥がざわめいた。


ーー憎しみを込めた視線を送ったり、鬼のような表情をする妃。


その一方、グユウが控えめに声をかけると、とろけるような甘い視線を送る。


儚げで清らかな表情もする。


美しい瞳から涙がこぼれると、

その涙を、この手で拭いたくなる衝動に駆られる。


こんなに表情豊かな女性は初めてで、

泥沼に足を取られるように、じわじわと深みへ足を引っ張り込まれる感覚に陥る。


惹かれてしまう・・・。


兄が騒ぐのも無理がない。


だが、同時にその感情には、危うい匂いがまとわりついているのを感じた。


踏み込めば、もう戻れないかもしれない――。


エルの顔をグユウがジッと見つめたので、我に返った。


慌てて視線をグユウにむけた。


「いかがでしょうか」

シリに対しての邪な気持ちを悟られないように虚勢を張る。


「この件について家臣と話し合いたい」

グユウは淡々と伝えた。


「承知しました」

エルとキヨは頭を下げて退席した。


帰り際にエルは振り返る。


シリとグユウは真剣な表情で何かを話していた。


ーー2人の心は十分揺れている。


◇◇


重臣会議は夕方に行われることが決定された。


早朝から様々な経験をしたシリは軽い頭痛を感じた。


会議前に少し休みたい・・・そう思っていると廊下の方が騒がしい。



慌てて足を運ぶと、ユウと乳母 ヨシノが押し問答をしていた。


ユウの隣に困った顔をしたウイ、そしてヨシノの子供シュリが控えめに佇んでいる。


ユウの後ろ姿は毅然としていて、一歩も引かない決意がありありとわかる。


「ユウ、どうしたの?」

シリが声をかけると、ユウが泣き出さんばかりの表情でシリに飛びつく。


「シンがいないの!!」

その青い目からは涙が溢れていた。


「ユウ・・・」

シリは言葉を失った。


子供達に何も説明しなかったことを、シリは後悔した。


シンを逃したことは急遽決められたことだった。


それでも、子供達にとって、いつも一緒だったシンが忽然といなくなったことは、

寂しくて、悲しくて、不安な想いをしただろう。


シンとユウは兄妹だったが、血は一滴も繋がっていない。


控えめで優しいシンと気が強いユウは、不思議と仲が良く行動を共にすることが多かった。


「どこにもシンがいないの。外に探しに行く」

ユウの目も鼻も泣いたため真っ赤になっている。


シリは黙って、ユウのとりすがる柔らかな手をそっと握った。


ーーこの幼い子供達に、どこまで話したら良いのだろうか。


これは母親のあらゆる知恵の極意を必要とした。


シリは床にひざまづいた。


「ウイ、こちらへ」

いつも笑っているウイが不安そうな瞳をしながら、シリのそばに駆け寄る。


「シュリもこちらへ」

ヨシノの子供、シュリもおずおずと2人のそばに近づいた。


「シンは今朝、この城を出て行きました」

シリは娘達の瞳をジッと見つめながら話した。


その言葉の意味がすぐには理解できず、三人の目が同時に瞬いた。


ユウはシリの口元を見つめ、ウイは靴の先を見つめたまま動かない。


シュリは小さく首をかしげた。


「母上・・・シンはいつ帰ってくるの?」

ユウが唾を飲んでから震える声で質問をした。


シリは悲しげに頭を振った。


「しばらくは・・・帰ってきません。遠くに行きました」


その答えに、ユウとウイ、シュリの顔が強張る。


「どうして?どうして、シンは出ていかなくちゃいけないの!

なんで?なんでシンだけいなくなるの?」

ユウはシリに迫った。


「それは、もうすぐこのお城が攻撃をされるからです」

シリは毅然と話した。


「攻撃?」

ウイが目を丸くする。


ーー母は本当のことを言っているのだろうか?


ウイは自分の耳を疑った。


「もうすぐ、この城に敵が攻めてきます。

あなた達は姫なので大丈夫ですが・・・シンは男の子なので殺されます。

だから、遠くに逃しました」


ウイは黙って母の話を聞いた。


今日の母はたいそう立派だし、その紫色の服も素晴らしいと思った。


ウイはキレイな母を見るのは好きだったが、立派な服を脱ぎ捨てた方が余計好きだった。


立派な服は母を見知らぬ人に変えてしまうのだ。


いつも忙しそうに城内を歩き回り、素朴な作業着を着て髪を高く結った母の姿の方が、ずっと馴染みがある。


井戸端で侍女たちと笑いながら話す横顔、

手に草の匂いを移しながら薬草を処理する背中――そういう母を見ていると、胸の奥がふっと温かくなった。


ウイは、その姿の方をずっと好きだった。


「殺される・・・それは痛いことなの?」

ユウの唇は真っ青になる。


ウイが知りたかった事を、ユウが聞いてくれた。


言いにくい事を何でも質問するユウは、こういう時ありがたかった。



「そうです。痛いでしょうね。死んでしまった人はもう動けないし、喋れません。

そうならないように、父と母はシンを逃しました」

シリは真面目な顔で答えた。


「そんな・・・痛いことをされるの?」


ユウの声がかすれ、ウイの手が小刻みに震えた。

怒りと恐怖が混じった感情が、まだ幼い胸を締めつける。


「そんな意地悪な事をする人は・・・誰なの?」

ユウの瞳の奥に静かな怒りが湧く。


「母の兄です」

シリが静かに答えた。


2人の子供の瞳が丸くなった。


ーー兄妹が争うなんて・・・信じられない。


「母上・・・どうして?」

ユウの声は驚きを隠せない。


「兄とグユウさんは、昔は・・・仲が良かったの。けれど、悲しいことに途中で別れてしまったの」

シリは悲しそうに子供達に伝えた。


母の悲しそうな顔を見て、ユウは口を閉じた。


母は大きく息を吸って呼吸を整えた。


「あなた達は領主の姫です。いざという時はセン家の名に恥じぬように振る舞いなさい」


2人が幼い時から何度も繰り返してきた言葉を、シリは伝えた。


「はい」


言葉の意味はわからないけれど、母に安心して欲しくて2人は返事をする。


「シュリ、あなたも姫達を支えてあげてね」

シリは悲しそうに微笑みながら伝えた。


「はい」

シュリの明るい茶色の瞳は強く瞬いた。


「あの・・・母上」

ウイが控えめに声をかけた。


「どうしたの?」

ウイが質問をするなんて珍しいことだった。


「シンに・・・また会えるの?」


ウイの質問を聞いて、シリは切なそうに眉を寄せた。


それまで我慢していた何かが崩れるように、

次の瞬間、シリは2人を強く抱きしめた。


「生きていれば・・・生きていれば必ず会えます」

2人に伝えた母の声は震えていた。


その言葉で、堪えていたものが一気に崩れた。


ユウが嗚咽を漏らし、ウイも顔を覆った。


シュリは二人の背を撫でながら、自分の頬にも熱い涙を感じていた。


ーー優しい大好きな兄が突然いなくなった。


黒い瞳を輝かせて、ユウをなだめ、ウイに笑いかけ、

レイをひたすら可愛がっていた兄はいない。


小さな時から共に過ごし、ずっと一緒に過ごせると思ったのに。


幸せは一瞬で崩れた。


幼い2人にとって、辛く受け入れ難い出来事だった。



次回ーー

「ミンスタ領に降伏ですか?」

オーエンの声が響いた。


「無条件降伏とのことだ」

静まり返る室内。


シリは青い瞳で言う。

「それで命が救われるなら……受け入れたい」


だが次の瞬間、瞳に炎が宿る。

「兄は、降伏した者を皆殺しにしました」



明日の17時20分 争いが起きる時は誰にも止められない

新生活でお疲れの人も多いと思います。

良い週末をお迎えください。

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