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束の間の幸せに溺れて


トナカとその妻、サラの知らせが届いて数日が経つ。


レーク城では来るべき争いに備え、準備に追われていた。


シリは今まで以上に働いた。


ひっきりなしに動いている姿を見て、グユウとエマは休むように説得し始めた。


それは、いつものことだったけれど、ついにジムも口に出すようになった。


「忙しく過ごしていた方が・・・楽なの」

ジムの忠告にシリは目を逸らしながら口ごもる。


親友だったトナカが死んでも、何も変わることなく日々が過ぎていく。


そう思うことが、やるせなくて仕方なかった。


そして・・・トナカが死んだのに、

些細なことに再び喜びを感じてしまう自分が嫌だった。


レイは言葉にならない可愛い音を発するようになった。


その声は、湖面を撫でる風のささやきよりも愛おしい。


ウイが真剣な面持ちで質問をしたことも笑みが溢れそうになる。


『大きくなったら母上のような金色の髪になれるの?』


ユウの背はどんどん伸びている。


去年、グユウはバラの茂みでユウの背丈をはかった。


『今年はタチアオイではかりたい』と大真面目な顔で話していた。


以前のように、子供達のふとした発言に吹き出したくなる。


そして、グユウにじっと見つめられると、喜びに心を躍らせてしまう。


そんな感情が湧くたびに、シリはなんとも言えない気持ちに襲われた。


「トナカさんを失って悲しくてたまらないのに・・・

世の中は面白いことがあるの。笑ってはいけない気がするの」

シリは少し涙ぐみながら話した。


「それは誰もが経験する痛みです」

ジムが静かに話した。


シリは黙って床を見つめる。


「トナカ様が生きていた頃、シリ様の笑い声を聞くのは好きだったと思います」

ジムは優しく話した。


トナカがシリに最後に伝えた言葉は、『幸せに』だった。


あんな亡くなり方をしたのに、自分の幸せを願ってくれた。


それを思うと涙が溢れる。


「大事な人を失ったとしても・・・悲しみに対して忠実ではなくて良いのです。

楽しいことに・・・心を閉ざさなくても良いのです」

様々な経験をしたであろうジムが短い言葉で諭した。


シリはうなづいた。


「さぁ少し、お休みください。グユウ様にも伝えてきます」


その日の夜、シリとグユウは早い時間帯に寝室に行くことができた。


夏の夕暮れは明るい。


「今日も暑かったですね」

シリがつぶやいた。


「あぁ」

相変わらずグユウの返事は短かった。


ふいにグユウがシリを抱きしめた。


「シリ・・・いいか?」


その言葉の意味に、グユウの瞳の熱に、室内の空気が上がったような気がした。


「ダメか?」

じっとシリの顔を見つめたまま、グユウが尋ねる。


グユウの顔は通常通り端正で涼やかだった。


けれど、瞳の奥に熱がはらんでいる。


グユウの質問に答えようとするも・・・恥ずかしくて視線を逸らしてしまう。


熱い視線から逃れるようにうつむいた。


「こんな事・・・聞かないでください」


シリは再び顔を上げて、グユウの顔を見上げると、

目の前にあるはずの顔が近すぎてぼやけていることに驚いて息を呑んだ。


息が触れ合う距離で、時が一瞬だけ止まった。


あっという間に唇を塞いだ。


短い同意で十分に伝わったことにグユウは胸を熱くした。


もう、これ以上待てないとシリを強く抱きしめた。


組み敷いたシリを見下ろしながら、グユウは目元を緩めた。


「どうしたのですか?」


ーー自分はこんなに恥ずかしいのに。


いつもと変わらないグユウの態度がなんとなく悔しい。


少し反抗的な目で睨むと、その顔に気づいたグユウが嬉しそうに口元を緩めた。


「シリ」

その薄い唇で名前を呼ぶ声音にも、嬉しさが滲み出ている。


グユウには絶対に伝えないけれど、

求められたことが嬉しくてシリは瞳を閉じた。


悲しいことばかりの日々だったので、束の間の幸せなひと時に溺れた。


次回ーー

束の間の平和の中、家族で出かけたブラックベリー摘み。

笑い声がこだまする夏の午後――その幸せが、永遠に続くと思っていた。

だが、帰城を待っていたのは、トナカ一家処刑の報せ。

そして、グユウが告げたひとつの決断が、シリの心を引き裂く。

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