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鬼の情け

◇シズル領 城の敷地内


タダシは逃げるように走った。


ーー何の罪もない幼い子の首を斬ってしまった。


この手で。


剣を振り落とされるまで、睨むように見つめていたカガミの目が忘れられない。


泣き叫んだ身内の声が、今も頭の奥で響き続けている。


その光景を、紅茶をすすりながら見物していた父ゼンシ――あれは正気ではない。


激しい後悔と罪悪感に気が狂いそうになった。


逃げ込んだ庭の片隅は、色とりどりの花が風にそよぎながら咲き乱れていた。


あまりにも平和なその景色が、今は目に痛い。


吐き気を抑えきれず、土の上に膝をつき、胃の中のものを吐き出した。


涙が滲み、手が震える。


ーー自分は意気地なしだ。


1歳違いの弟達なら、もっと上手に立ち回れるだろう。


溢れた涙は堪えきれずボタボタと地面に落ちた。


「ここにおられたのですか」

深く低い声がするので、振り返るとゴロクが後ろに立っていた。


ーー勇敢な重臣 ゴロクに涙など見せたくない。


ましてや、吐いているところなんて。


タダシは顔を背けるが、ゴロクは近づいてきて、そっとハンカチを差し出した。


「口を拭ってください」


「ハンカチは返さなくて結構です・・・古くなっていたので捨てるつもりでした」


ためらうタダシに、ゴロクは言葉を添える。


渡されたハンカチは、驚くほど上質な布だった。


捨てるような代物ではない――その違和感が、タダシの胸に引っかかった。


「キレイなところですね」

ゴロクは庭を見つめた。


花の名前などわからないけれど、美しいことはわかる。


「あそこでは・・・まだ・・・」


ーー処刑が行われているのか?


タダシはそう聞きたかったけれど、最後まで言えなかった。


「はい。今度は城に残った家臣達を処刑しています」

ゴロクは遠い目をしながら伝えた。


先ほど、自らの手で命を摘み取った老婆と婦人達の断末魔の叫び声が、今も胸の奥でくすぶり続けている。


ーー辛い任務だった。


「降伏した家臣も殺すのか?」

タダシの声は震えた。


「はい。ゼンシ様がそう判断しました」

ゴロクは静かに答えた。


家臣は、降伏をすれば命を助けることが争いのルールだった。


ーー助けを乞う家臣を1人残さず殺すなんて・・・


「父上は・・・鬼だ。鬼に違いない」

タダシは震える声に怒りを含ませて話した。


「そう見えるのも無理はありません」

ゴロクはつぶやく。


「ゴロクは違うと言いたいのか?」

タダシが問いかけた。


「領主の母を殺めた真意はわかりませんが・・・

このような刑罰を行ったのは、タダシ様のことを考えてでしょう」

ゴロクは話した。


「僕の・・・ため?」

手の中のハンカチを握りしめる。


罪がない子供を女性、家臣を殺すことが自分のためだとは・・・


ーー到底受け入れられない。


「あの男の子は意思が強い。亡くなる直前までタダシ様を見上げていました」

ゴロクは視線を庭の花に移す。


「そういう子供は滅多にいません。情けをかけて生かしておくと危険だ。

成長したら、親の仇を取るでしょう」


タダシは息を詰めた。


「将来有望だから・・・殺したのか?」

タダシの問いにゴロクはうなずく。


「・・・そうでしょう」

視線を落として静かに承諾した。


「一瞬の優しさで生かすと、結果的に自分の首を絞めることになる。

その判断の甘さが、あなたに来ないように配慮されたのだと思います」


タダシは言葉を失った。


鬼瓦のような顔に逞しい体。怖そうな見た目とは裏腹に、兵からは『親父殿』と慕われる男。

そのゴロクが、静かに言い足した。


「そのハンカチは・・・私のものではありません」

ゴロクは一度、庭の花に視線を落とした。


「口止めされましたが――」

ゆっくりとタダシを見やり、低く告げる。


「ゼンシ様が、あなたに使うようにと渡されたものです」


タダシは目を見開いた。


確かに――領主が持つような上等な品だった。


「戻りましょう」

ゴロクが促したのでタダシは黙って立ち上がった。


ーー父のした行動は、どうしても理解できない。


凡人の自分は、父のようには振る舞えない。


その背中は、遠く、重かった。


けれど、ミンスタ領の兵と領民を守るためには、学ばねばならないことがある。

次回ーー

夕暮れの湖畔。

グユウは「サラが亡くなった」と静かに告げる。

シリは涙をこらえながら、「私もその時は逝きます」と答えた。


――悲しみの中でも、二人の想いは途切れなかった。



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