父上・・・私にはできません
残酷な表現があります。
苦手な方はご遠慮ください
◇シズル領 城前広場
「ゴロク、全員殺せ」
ゼンシはゆっくりと立ち上がり、怯える者たちを順に見回しながら冷たく言い放った。
「承知・・・しました」
絞り出すような声でゴロクが返事をする。
長年仕えてきた自分でさえ、この命令は胸を裂く。
まだ幼い少年、未来ある若い妻たち、亡き母の面影を映す老婆まで――。
本当なら手を下したくない。
だが、ゼンシは一度口にしたことを必ず遂げる。
ここで逆らえば、自分も同じ末路だ。
「最初に殺すのは領主の息子だ」
ゼンシが、縛られたカガミを指差す。
「執行人はタダシにさせろ」
ゼンシの命令に、タダシは恐怖のあまり目を見開いた。
タダシ 18歳、ゼンシの息子であり次期ミンスタ領の跡継ぎでもある。
モザ家特有の輝く金髪、美しい青い瞳の持ち主だった。
13歳まで共に過ごしたシリは、『兄弟の中で一番優しい子」と評している。
当時の18歳は成人の扱いだった。
しかし、美しい見目を持つタダシは、
まだ少年期を脱したか脱してないかに過ぎない印象だった。
「父上・・・私にはできません」
声が震える。
「言い訳は聞かん。タダシ、行うのだ」
ゼンシの視線は鋭く、容赦がなかった。
家来が、カガミを地面に四つん這いに伏せさせた。
その姿を見て、トナカの母が叫んだ。
「この子はまだ9歳です。何も罪を犯していません!どうか!どうか助けてください」
「罪はある」
ゼンシは傲然と立ち上がり、籠からトナカの首を引きずり出す。
鳶色の髪を掴み、母の目の前に突きつけた。
「お前の息子は長い間、ワシを苦しめた!!恨むのなら息子を恨め」
トナカの妻子、母にむかって怒声を発した。
悲鳴が広場を満たす。
「タダシ、やれ」
再び命じられ、タダシの瞳に涙が滲む。
「父上、私にはできません」
ゼンシは、じっとタダシの瞳を見つめた。
その潤んだ瞳が揺れた時に、若くして亡くなったタダシの母を思い出した。
ーー息子の顔から、亡くなった女の目を見ることができるのだろうか?
ゼンシの心は僅かに揺れた。
瞳を閉じ、再び開いたゼンシは、いつもの表情に戻った。
「そのような甘い考えでは領主になれない。やるのだ」
顎を上にむけ、タダシに命じた。
ゴロクに促され、タダシは震える手で剣をとった。
不安げに見下ろすタダシを、地面に這いつくばったカガミは力強く見上げた。
ーーこの少年の方が自分より領主に相応しい。
タダシは荒い息をあげながら剣を握りしめた。
その手は恐怖で汗ばんでいた。
ゼンシは少し離れたところで、タダシの様子を見守る。
隣に立ったゴロクは、小声で促す。
「この子を苦しめたくなければ、一息で」
斬首は難しい。
骨の継ぎ目を正確に断たねば、何度も刃を振り下ろすことになる。
それは処刑される側にとって、あまりにも残酷だ。
「慈悲を持って・・・」
涙をこらえ、タダシは左側に立つ。
陽光を浴びて、剣が鈍く光った。
細く柔らかい首を見つめながら、打ち下ろした。
刃が落ちた瞬間、地を揺るがす悲鳴が広がった。
足が震え、タダシは崩れ落ちる。
強烈な吐き気と罪悪感に身が滅ぼされそうになった。
「ゼンシ様、あとは私が」
ゴロクが辛い任務を自ら志願した。
「任せた。次は母親だ」
茫然自失のトナカの母を引きずった。
「紅茶を」
ゼンシは何食わぬ顔で家臣に命じた。
ーーこれ以上、ここにいられない。
気が狂いそうになる。
タダシは、その場から一目散に逃げ出した。
足元の石畳が滲んで見える。
声にならない吐き気と、耳の奥で何度も繰り返される断末魔の叫び。
ーーどれだけ走っても、それらは離れてくれなかった。
次回ーー
花咲く庭で、タダシは嘔吐し、涙した。
――罪なき子を、この手で斬った。
父ゼンシは紅茶をすすぎながら、それを眺めていた。
「そのハンカチは、ゼンシ様からのものです」
血に染まった父の“愛”を知った時、
タダシの中で何かが静かに壊れはじめる――。
寒暖差が激しいですね。体調気をつけてください。




