裏切りと逃走の夜、絶望の中の告白
残酷な表現があります。苦手な方はご遠慮ください。
「裏切りか!!」
トナカは声をあげ呆然と立ちすくんだ。
暗闇の中で、複数の松明の灯りが照らされ、周囲は昼間のように明るかった。
多くの兵がトナカが滞在している離れを取り囲んでいる。
「指揮をとっているのはヒロです」
重臣が悔しそうに話す。
砦の主 ヒロが命じ、離れに銃が向けられる。
一斉に銃が発射された。
弾丸がガラス窓を突き破り、トナカの頬をかすめた。
ーーこのまま襲撃が続けば確実に死ぬ。
これだけの人数に対抗できる兵はいなかった。
「・・・もう、これが限界だな」
トナカは頬から流れる血を止めずに息を吐いた。
この時代、領主は敵前に出て殺されるよりも、
自らが死ぬことが名誉ある死に方だと言われていた。
「トナカ様・・・悔しいです」
同じ部屋に佇む重臣が悔しそうに声をかけた。
「最後までそばにいてくれた事、感謝している」
トナカは微笑み、
「頼む」
重臣に剣を渡した。
重臣は震える手で黙って剣を受けとった。
悔しい終わり方だが、鉄砲はそれから鳴らなかった。
威嚇のために打ったのだとわかった。
最後に自分で死ぬことができるように、猶予をもらった。
これが裏切ったとはいえ、途中まで仕えていたヒロの心遣いなのだろう。
「まさか、ヒロが裏切るなんて」
重臣の声は震えていた。
「これも全ては俺が未熟だからだ」
トナカは淡々と死に支度を始めた。
腹を切るためにシャツをはだけた時に、胸元から羊皮紙が落ちた。
その羊皮紙は、妻サラがシリにあてた手紙だった。
2人は5年前から文通をしており、
今回も出陣前に手紙を届けるように頼まれた。
レーク城に到着したら、シリに渡すつもりだった。
ふと、サラが「一度で良いからシリに逢いたい」と話していたことを思い出した。
ーーあんなに逢いたがっていたのだから・・・妻の願いを叶えてあげたかった。
後悔しても、もう遅い。
「サラ・・・届けられなかった。すまない」
トナカは独り言をつぶやく。
目を閉じると、
一人息子のカガミの笑顔、陽気な妾達、そしてグユウとシリの顔が浮かんだ。
2人と別れた時に、『もう逢えない』と思っていた。
滅びるのはレーク城が先だと思っていた。
「まさか俺が先に死ぬとは・・・」
トナカはため息混じりでつぶやいた。
日が登ってきた。
カーテン越しに柔らかな光が部屋内にさしこむ。
淡い光に反射しながら剣を持った重臣が左側に立った。
「最後だ」
右手で短剣を握り、腹を刺しグググっと短剣を横に動かしていく。
激しい痛みと熱感を感じ顔を歪めた。
ーーこれ以上、手が進まない。
我慢しようにも口から苦鳴がこぼれる。
頃合いを定めて、重臣が剣を振るってトナカの首を落とした。
シズル領 領主 トナカ・サビ 29歳 死亡
聡く、志が高い男の最後は、絶望の中でも優しさがあった。
◇◇
翌朝、遠く離れたシズル領の城では――
「ミンスタ領の兵が攻めてきます!!」
スパイからの報告を受け、サラと妾達は呆然とした。
「まさか!この城が滅ぼされるの?!」
第2夫人はパニックを起こし、
「嘘よ!!」
第3夫人はヒステリーを起こし失神した。
「トナカ様は・・・」
妻のサラは震える声でスパイに質問をした。
「安否不明です」
「そんな!!」
サラの瞳に涙が滲む。
「サラ様 一刻も早く生家へお戻りください。ここは危険です」
留守を預かっていた重臣が助言をする。
「戻るわ・・・戻るけれど・・・カガミは・・・」
サラは息子の名前を出した。
まだ9歳だ。
「私が何とかします。ミンスタ領が来たら降伏をします」
重臣が落ち着いて答える。
今のシズル領はミンスタ領と争う兵がほとんどいない。
その状況では戦えない。
ーー降伏をすれば・・・命は助かるかもしれない。
重臣はその可能性にかけた。
第2夫人、第3夫人達も生家へ帰るために準備を行っていた。
「また、逢いましょう」
サラはそう言い残し、着の身着のままで、
用意された馬車に乗り、急いで城から飛び出した。
馬車の中で寄り添う乳母に抱かれながら、
トナカを想い涙に暮れていた。
急に馬車が止まった。
「どうしたのかしら?」
泣き腫らした目で顔を上げると、馬車の外から人影が見える。
馬車の扉が開くと、見たこともない兵が無遠慮にサラの腕を掴んだ。
「何をするのですか!」
サラの問いかけに、兵は無言でニヤニヤ笑う。
ーーミンスタ領の兵だ。
サラは恐怖のため動けなくなった。
小柄なサラは、あっという間に馬車から引きずり出した。
振り返ると、馭者が目を見開いたまま死んでいた。
「そんな・・・!」
兵達の身なりを見ると、身分の低い下っ端の兵達に見える。
6人の兵がサラの周りを取り囲む。
乳母の悲鳴が聞こえた後に静かになった。
兵達は、怯えるサラの姿を上から下まで舐めるように見つめ、サラの腕を縛り上げた。
「随分と上物だ」
「そうだな。身分は高そうだ。良い服を着ている」
「見ろ。透けるように肌が白いぞ」
汚い手でサラの頬を触れる。
「触らないで」
サラは涙ながらに弱々しく訴えた。
兵達はその反応にますます興奮をしたいく。
「見ろ。泣いているぞ」
「良い身体をしている。柔らかそうなでかい胸だ」
「ゼンシ様に出す前に・・・皆で味見をするか?」
下品な笑いをしながらサラを見下ろす。
ーー乱暴される・・・!
足を動かしたいのに、膝から下が石のように固まっている。
声を上げたいのに、喉の奥で空気が震えるだけで音が出ない。
トナカ様! 助けて!
浮かんだ夫の笑顔が、かえって胸を締めつけた。
サラは恐怖のあまり、顔から血の気が引いた。
◇◇
その夜遅く、ワスト領レーク城 寝室
その日の夜、グユウは寝室の窓から北の方角を見つめていた。
見つめた所で、どうにもならないことはわかっている。
それでも、見つめずにいられない。
夜風に混じって、遠くで犬が短く吠える声が届いた。
すぐに止み、再び重たい静けさが部屋を包み込む。
シリはソファーに座りながら、辛そうなグユウの背中を眺めていた。
ーーかける言葉が見つからない。
グユウは幼い頃、シズル領に人質に出されていたと聞いている。
そこで、トナカと兄弟のように育ったらしい。
グユウの口ぶりを察すると、人質生活は不自由がなかったようだが、
年齢が近いトナカがいたことで救われたようだ。
寡黙で不器用なグユウは、人付き合いは上手ではない。
グユウの性格を知り、
長年寄り添ってくれた親友 トナカを失うのは相当辛いのだろう。
シリはグユウの後ろに立ち、その広い背中を抱きしめた。
「どうした?」
グユウが声をかけた。
「グユウさん、好きです」
シリは、少し背伸びをしてグユウの耳元でささやく。
シリの熱い吐息がくすぐったい。
「あぁ」
グユウは目を閉じながら答えた。
シリは後ろから覗き込むように、グユウを見上げた。
「好きです」
もう一度伝えた。
シリが気持ちを伝えると、端正で涼やかなグユウの顔が少しだけ眉が下がって甘えたような表情になる。
その表情と裏腹にグユウから発せられる言葉は、これだけだった。
「あぁ」
「他に何か仰ってください」
シリは唇を尖らす。
ーー口下手にも程がある。
「オレの方がシリを好いている」
グユウがつぶやくと、シリの顔はみるみるうちに赤くなった。
「私の方が気持ちは上です」
そんな顔を見られたくなくて、シリはグユウの背中に顔を埋めた。
「オレの方が想いは強い」
グユウは少し微笑んで、シリにむきあった。
シリは微笑むグユウの顔を見上げた。
ーー死なないで。ずっと隣にいて。
そう伝えることができない世界に生きている。
1週間後には、グユウは死んでいるかもしれない。
その前に自分も死ぬかもしれない。
そう思うと、グユウを求める気持ちが強くなる。
「・・・名前を呼んで」
眉を寄せて訴える可愛いお願いに、グユウは応えてくれた。
「シリ」
不安な気持ちをかき消すように、2人は強く抱き合った。
次回ーー
レーク城では、グユウが立ち上がった。
――負けるとわかっていても、守らねばならぬものがある。
それぞれの決意が交錯し、戦はついに最終局面へ。
明日の17時20分 負けるとわかっていても、戦わねばならない時がある
続きが気になった人はブックマークをお願いします。




