昨夜の私にご不満ですか
「グユウさん、昨夜の私にご不満ですか」
シリは怒りで唇を震わせ、ほっそりした身体は頭からつま先まで震わせていた。
その姿を見たグユウは、ベットに横たわったまま凍りついた。
「何で今日は素っ気ないんですか」
最初は震えた声でつぶやく。
「そんなに私がダメだったのですか」
涙が出てきた。
「顔も見たくないほど嫌なのですか」
涙が止まらない。
グユウは慌ててベットから起き上がる。
「ミンスタ領のスパイだからですか!」
シリの叫びに、部屋の空気が凍る。
「違う・・」
グユウの顔がこわばる。
「何が違うんですか!!」
絶叫しながらシリの瞳からは涙が溢れ出す。
胸の奥が焼けるように痛い。
ーーやってしまった・・・。
幼い頃からエマに言い聞かされたことを思い出す。
女性は疑問を持たず、口にせず、微笑んでいる方が可愛らしい。殿方にも愛される。
私はまるで別のことをしてしまった。
こんな風に癇癪を起こせばグユウさんに嫌われる・・・。
そう思っていても涙は止まらなかった。
ほんの数時間前に賢く、慎重になろうと思ったのに。
そんな決意はあっという間に吹っ飛んでしまった。
もう・・・ぐちゃぐちゃだわ。
「言ってくれないとわかりません」
泣きながら絞り出したその言葉の直後、
いつの間にか、グユウの腕がシリの身体を包んでいた。
「シリ すまない」
その囁きは優しくてかすれていた。
「その・・・オレも思っていた」
グユウの手はオロオロとシリの背中をさまよう。
「何がですか」
シリの発言は硬かった。
「シリに避けられていると思っていた」
「えっ」
「昨夜は辛い思いをさせたのではないかと心配になった」
ゆっくりと顔をあげてみれば、グユウの瞳が揺らいでいた。
ーー誤解されるような態度をしていたのかしら。
今日のことを振り返ると、恥ずかしくて口調がぶっきらぼうだったり、
照れてグユウの顔をまともにみれなかった。
女性の扱いが慣れている男性なら察することができるだろう。
鈍いグユウは、シリに避けられていると誤解していたらしい。
「シリ・・・すまない」
自信がなさそうな表情でグユウが謝る。
ーーあぁ。私の態度もグユウさんを不安にさせていたのだ。
結局のところ勝手に勘違いをして、勝手にイライラしていたシリと
女心に鈍感で口下手なグユウのすれ違いだった。
「・・・ごめんなさい」
興奮が落ち着き、段々と冷静になってきた。
泣いた後なので瞼が熱い。
胸の奥の熱が少しだけほどけて、シリはそっと背中に手を回す。
「私・・・恥ずかしい」
グユウは小さく頷きながら、シリを静かに抱きしめ続けた。
薄い布地越しで抱き合っていると、触れたところから伝わる心音をきく。
ふと、シリが顔を上げた。
「誤解・・・解けました?」
間近で揺らめく青色。
機嫌を伺いながら何かを乞う瞳に、グユウは少し微笑んだようだ。
そして――唇が、ゆっくりと近づいてきた。
全てを溶かしそうな熱がシリの唇に、そっと触れてきた。
柔らかな唇を開き、入り込んでくる甘い舌。
グユウは何度も角度を変えて繰り返す。
慣れぬ感覚に目を白黒させるシリの呼吸は次第に乱れていく。
シリが、そっと目を開けると熱のこもった余裕のない表情をしたグユウがいた。
◇
月の光が優しく寝室を照らしていた。
乱れたベットの中で、意識が朦朧としているシリがいる。
グユウは乱れ張り付いたシリの髪を横に流し、額に唇を落とす。
「ん・・・」
小さな声を発しシリはかすかに眉根を寄せる。
「ゆっくり夫婦になろう」
グユウの囁きが、耳に溶けていった。
ーー本当だわ。
まだ出逢って5日しか経ってない。
少しずつグユウさんのことを知っていこう。
そう伝えようと思ったのに。
疲れ果てて言葉にすることができない。
グユウの腕に抱かれながら、シリは深い眠りに落ちていく。
◇
翌朝、全てのものが土の中から芽吹くような暖かい日だった。
レーク城の食堂では、朝食にりんごの砂糖漬けが出てきた。
ワスト領に嫁いで、シリが1番好きな食べ物だ。
口に運ぶと爽やかな酸味と甘みが広がる。
ーーやっぱり美味しい!
興奮で目が星のように輝く。
「こんなに美味しい果物はワスト領の特産品にしたいわ。
りんごの木の育て方を学んで生産量を増やしたら、皆が潤うのではないかしら。小麦が育たない土地に・・・」
「シリ様!」
話の途中でエマが鋭く注意する。
女性が領の政策に口を出すなんて出しゃばりだ。
花のことや刺繍のこと、他愛のない話をして殿方に癒しと安らぎを与える。
エマが昔から教えていたことだった。
ーーまた口に出してしまった。
シリは黙って俯く。
「エマ」
グユウが静かに、しかしはっきりと彼女の名を呼んだ。
名前を呼ばれたエマは驚いた顔をした。
ーーグユウ様が名前を呼んでくれた。
そもそも私の名前をご存知だとは知らなかった。
「そのままで良い」
グユウがつぶやいた。
エマを始め、食堂にいたジム、侍女達、そしてシリも、グユウの発言が理解できずポカンとした。
「オレは・・・シリのそういう所が・・・気に入っている」
そう口にした後、グユウは自分自身の発言に驚いているようだった。
「ジム、会議に行くぞ」
慌てたように席を立ち、赤らんだ顔をそっと隠すように去っていく。
食堂に残されたシリは胸が高鳴った。
――そのままでいい。
初めて、そう言ってくれた人がいた。
癇癪を起こす私も、意見を言う私も、乗馬が好きな私も――
まるごと、認めてくれる人がいた。
彼女の中で、何かが小さく芽吹きはじめていた。
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