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助けられないという絶望

翌朝、支度を終えたシリがホールの階段を降りると、城の外が騒がしい。


「どうしたのですか?」

近くにいたオーエンに声をかけた。


「ミンスタ領の動きが変なんです」

オーエンは複雑そうな顔をして、玄関の方向を見つめた。


すぐさま、城の外に駆け出そうとするシリを

オーエンは慌てて右腕を捕まえた。


「一人で城外に行くのは危険です」

敷地内だとしても妃が1人で出歩くのは危険だ。


オーエンの顔は真剣だった。


「それなら、オーエンが一緒についてきて」

シリは勝気な瞳でオーエンを見つめた。


オーエンは少し困った顔をした。


シリを意図的に避けていたのだ。


オーエンは、自分の想い・・・シリに対する感情を

領主であるグユウに知られることを恐れていた。


それゆえ、シリと2人きりになる状況を避けたかった。


シリの言動に、立ち振る舞いに、強く聡明な顔の隙間に、

そして、時折見せるシリ本来の表情に惹かれてしまう。


気を引き締めなければ、シリへの想いが顔や態度に出そうで怖かったからだ。


「いえ・・・私は・・・」

躊躇してシリの手を離したオーエンに、シリが無遠慮に顔を近づけた。


長身のシリはオーエンと同じ目の高さで、

目の前には人を魅する青い美しい瞳が見える。


ほんの少し前に出れば唇が触れ合うような吐息のかかる距離なので、

オーエンは顔を後ろにのけぞりそうになった。


「オーエン、私は何かしたの?」

シリは真っ直ぐオーエンを見つめた。



「何もしてない・・・です」

オーエンは掠れた声で返事をした。


シリから目を離すことができない。


「最近、あなたに避けられているような気がするの」

シリの追求は続く。


ーーシリの瞳は危険だ。


秘密にしたいことを話さずにいられなくなるのだ。

オーエンは慌てて目を逸らした。


「そんな事はないです」

オーエンは必死で否定する。


ーー避けるのはシリが愛おしいから。


愛おしくて狂いそうになる。


お願いだからミンスタ領に戻って欲しい。


死ぬ事を考えないでくれ。


そう伝えたくて、唇からこぼれ落ちそうになるのをオーエンは堪えた。


目の前にいるシリを、抱きしめたい気持ちを必死で抑え込む。


手のひらをギュッと握りしめた。


「それなら、私と一緒に馬場まで行きましょう」

シリは一歩も引かぬ様子で伝えた。


その様子にオーエンは息を短く吐いた。


ーー重臣として、妃を守る責務を果たさないといけない。


「相変わらず…敵わない」

声が若干うわずるが、いつもの口調になるように努めた。


「避けてなどいません。争いが続いているので忙しかっただけです」

オーエンは俯きがちで答えた。


ーー本当かしら?


シリが訝しげにオーエンを見つめる。


疑惑は晴れてないようだ。


「俺・・・私から離れないようにしてください」

オーエンは苦笑いをした。


「ええ」

シリは少し顎を上げて答えた。


二人が目指す馬場は、ミンスタ領の動きが一目でわかる。


ワスト領の兵達は攻撃の手を止めて、眼下を見下ろしていた。


「何があったのかしら?」

シリがつぶやいた後に立ち止まった。


多くのミンスタ領の兵が北にむかっていた。


「なぜ北へ・・・」

オーエンがつぶやく。


立ち尽くすシリの顔を見ると、青ざめてワナワナと震えていた。


「どうしましたか」

オーエンは質問をするのが怖かった。


けれど、聞かずにいられなかった。


「兄は・・・シズル領を攻めて・・・ワスト領を孤立させるつもりだわ」

シリの声はささやくように小声だった。


「えっ」

オーエンが目を見開いた。


「シズル領が応戦に来れば・・・ますます争いが不利になる。その前に・・・シズル領を滅ぼす気なのよ」

シリは話した後、血の気を引いた唇を固く結んだ。


籠城や野戦に比べて、移動中に攻撃されたら争いは不利になる。


突然の奇襲を受けたシズル領は、攻撃に気づく前に大きな被害を受ける。


そうすると、体勢を立て直すことが困難になるからだ。


ゼンシはシズル領が出立するのを、じっと待っていたのだ。


その場に座り込みそうになったシリを、オーエンが支えた。


「大丈夫ですか?」

オーエンがささやくと、シリは顔を横にふった。


「大丈夫・・・私は大丈夫よ」

気丈にシリは立ちあがった。


「休んだ方が・・・」

シリはオーエンの手を優しく振りほどいた。


馬場の淵にグユウが佇んでいる。

そのグユウの隣に寄り添うようにジムが立っていた。


その姿を見たシリはドレスの裾を持ち上げ、グユウの元に駆けた。


そのシリの背中をオーエンが追いかける。


ーー妃を1人にしてはいけない。


「グユウさん!!」

半分泣きながらシリが叫ぶ。


グユウが振り向くと切羽詰まった顔のシリが近づき、

ものすごい勢いで抱きついてきた。


「ミンスタ領が・・・シズル領を攻撃しようとしている!」

シリがグユウの腕の中で叫んだ。


「あぁ・・・」

無言でシリを抱き寄せたその表情には、耐えきれない想いがにじんでいた。


「トナカさんが・・・攻撃されるかもしれない」

シリは、足元から崩れてしまいそうな自分を、ぎりぎりで支えていた。


「あぁ」

グユウは、何かを押し殺すように、まぶたをゆっくり閉じた。


「どうしたら良いの?」

シリは、立っていられなくなり地面に座りこんでしまった。


「・・・どうにもできない」

グユウは辛そうな声を絞り出した。


「あぁ・・・」

シリは両手で顔をおおった。


ーー動揺しているところを家臣達に見せてはいけない。


士気が下がるからだ。


そうわかっていても震えが止まらなかった。


ミンスタ領の兵は、レーク城周辺に5千人ほど残っている。


今すぐトナカを助けるために応戦に行ったら、ミンスタ領の思うツボだ。


留守になったレーク城を落とし、北の領地を占領するだろう。


家臣、領民、領土を守るためには、城を留守にすることはできない。


親友に敵が迫っていても、どうすることもできない。


それはわかっているけれど・・・わかっているけれど!!


トナカを助けたい。


・・・助けられない。


グユウはシリのそばに寄り添うように膝をついた。


そして、震えるシリの肩に手をかけた。


「・・・祈ろう」

苦しそうにつぶやいて、グユウはシリの肩を抱き寄せた。


「はい」

シリは真っ青な顔をして気丈にうなづいた。


それは、自分の領を攻められるより辛いことに感じた。


シリが地面に崩れ落ち、グユウがその肩を抱いた。


その姿を見ながら、オーエンは一歩も動けなかった。


彼女に声をかけるべきなのか、それとも、ただ見守るべきなのか。


――己は、何の力にもなれていない。


そう思った瞬間、足元がぐらついた気がした。


「祈ろう」と言ったグユウの声が耳に届いたとき、

オーエンは、自分が妃に恋をした愚かな男にすぎないことを思い知らされた。


ただ、彼女の背中が遠く感じた。


声をかける資格など、自分にはなかった。


こんなとき、抱きとめる資格も、言葉をかける強さもない。


妃を守るはずの自分が、ただ見ているだけだった。


――それが何より、情けなかった。



次回ーー

月が照らしたのは勝利の光か、それとも地獄の炎か。

ゼンシは笑い、トナカは退き、シリはただ祈った。

夜が明ける。

届かぬ祈りに、朝は残酷な答えを運んでくる


明日の17時20分 今度こそ、絶対的な勝利を掴みたい

ブックマークをしてくれた方ありがとうございます。

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