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もし、この夜が最後になるのなら

◇シズル領 トナカの城 城門前


「それでは行ってくる」

トナカは妻達と息子に声をかけた。


トナカが率いるシズル領は、ワスト領を応戦するために出立する。


「トナカ様・・・無事のお帰りをお待ちしております」

トナカの第一夫人 サラは涙ながらに見送った。


「泣くな。サラ。今回も無事に戻ってくる」

トナカは優しく頭を撫でる。


サラの涙につられたようで、第二、第三夫人も泣き出した。


「大丈夫だ。すぐに戻る」

トナカは苦笑いをしながら馬に乗った。


「これをシリ様に」

サラはトナカに手紙を渡した。


5年前からサラとシリは文通を続けていた。


トナカはサラの手紙を懐にしまった。


「カガミ、父がいない間に留守を頼む」

9歳の一人息子に声をかけた。


「父上、お気をつけて」

トナカによく似た鳶色の髪、ソバカスがある少年は年齢以上に大人びた声を出すようにした。


「ワスト領にはお前の許嫁 ユウがいるからな」

トナカはニヤリと笑った。


カガミの頬は少しだけ赤くなった。


「ユウは美人だぞ。きっと気にいる。争いが終わったらカガミをワスト領に連れていく」

トナカは愛おしげに息子の顔を見つめた。


「はい!その日を楽しみにしています」

カガミの返事に目を細めた後、トナカは馬を走らせた。



トナカの後に続々と兵が続く。


「無事のお帰りを・・・!」

サラがハンカチを握りしめて、夫を見送った。


「争いは・・・勝てるでしょうか」

第二夫人がサラに声をかけた。


「女の私達にはわからないわ・・・。トナカ様が大丈夫と話すのを信じましょう」

サラは弱々しく微笑む。


「無事の帰りを願って・・・皆でお茶にしましょう」

第三夫人の提案にサラはうなずいた。


「皆で祈りましょう。勝利を」



◇ワスト領 レーク城


争いが始まって10日が経った。


8月の暑い今日も、レーク城の麓で争いが始まっている。


シリは兵達の食事、看護の采配をとりながら、

マサキの館のそばに生えているアオソの収穫をしていた。


アオソ布はワスト領の貴重な収入源だった。


ーー収入を途絶えることはできない。


警備に少年兵を引き連れながら収穫作業に励んでいた。


忙しい日々の合間の楽しみは、昼下がりにジムと争いの状況を見ることだった。


まばゆい夏の陽光に照らされながら、息を潜めて眼下の争いを見守る。


北側の領地では、敵兵を土塁の側まで引きつけていた。


ミンスタ量の兵達は恐々、土塁のそばに近づいていた。


警戒するのも無理はない。


今まで土塁に近づくたびに汚物や熱湯を浴びせられた。


けれど、今日は大丈夫そうだ。


1人の兵が土塁にある四角形の穴を発見した。


「こんなところに穴がある」


「ここもだ」


「こっちにもあるぞ」


四角い穴を覗きこむと何も見えない。


「何だろうな?」


疑問に思っていると穴の視界が急に明るくなった。


その穴から細長い何かが出てきた。


「これは・・・?」


「鉄砲だ!!逃げろ!!」


慌てて逃げるけれど、もう遅い。


「放て!」

サムが声をかけ、ワスト領の兵達が鉄砲を発射する。


大きな音と共に煙が立ち昇り、火薬の匂い充満する。


突然の至近距離からの銃攻撃に、敵兵はパニックになり多くの兵が倒れた。


「狙い通りですね」

ジムが嬉しそうにシリに話す。


シリは黙ってうなずいた。


2人は城の周辺をぐるっと見回った。


各地に兵と少年兵を配置して、這いあがろうとする敵兵に投石をお見舞いしていた。


争いは順調だったが、一抹の不安がシリにはあった。


忙しい日が終わり、寝室でグユウの腕の中にいる時が一番心が安らぐ時間になる。


シリはグユウに優しく抱擁されることが好きだった。


寡黙で無表情に見えるグユウからは、想像もつかないほど愛情を込めた優しい抱擁だった。


グユウは愛おしげな瞳でシリを見つめ、髪の毛に口づけを落とした。


ーーとても幸せな時間なのに・・・胸が軋む。


グユウの腕の中でモゾモゾと視線を泳がすシリに、

グユウの腕は少しだけ力を込めた。


「どうした」

グユウがつぶやく。


「怖いのです」

シリが上目遣いでグユウを見上げる。


黙ってシリを見つめるグユウに、シリは言葉を落とした。


「順調すぎて・・・少し怖いの」


シリの発言でグユウは争いのことだと察した。


「争いが順調なのは・・・シリが準備を重ねたからだ」

グユウは優しく伝えた。


「でも・・・」


ーーあの兄のことだ。何か考えがあるはずだ。


「シリ、明日も早い。心配するな」

少し掠れた声でグユウはつぶやく。


グユウの腕の中にいれば、怖いものなどないはずなのに。


「気にせず眠れ」

シリの艶やかな髪をグユウは優しく撫で、子供を寝かしつけるように背中をゆっくり規則的に叩く。


フッと身体が緩み、瞼が重くなってくる。


もっとこの気持ちを感じたくて、シリはグユウの胸に顔を寄せた。


グユウの心音を聞きながら、シリは深いため息をついた。


「まだ怖いか」

グユウが髪を撫でながら質問をする。


ーー先が見えない争いも怖いけれど、この優しい人を失うことが一番怖い。


この幸せな時間を失うのが怖い。


そんな事はグユウには言えないから。


「とても怖いです」

自分の声とは思えないほど震えて甘えた声が聞こえた。


グユウの前では強い妃を演じられない。

きっとひどい顔をしている。


シリの表情を見て、グユウは少しだけ口角を緩めた。


そんなひどい顔も、愛おしいと言わんばかりの表情だった。


「もっと甘えろ」


グユウは腕の力を少しだけ強めた。


その温もりが幸せで、目を閉じながらシリは思った。


ーーもし、この夜が最後になるとしたら。


この人の腕の中で、何も言わずに眠れる私は、きっととても幸せだ。


◇ミンスタ領 本陣


「ゼンシ様、嬉しいお知らせがあります」

キヨの声が弾む。


「なんだ。話してみろ」

ゼンシの機嫌は悪い。


争いが始まってから10日以上、ミンスタ領に劣勢を強いられている。


「シズル領がこちらにむけて出立しました」

キヨからの知らせに、ゼンシは不敵な笑みをこぼした。


「待っていたぞ」

その声は嬉しそうに弾んだ。


ゴロクは眉を寄せた。


ーーこの情報、どこから漏れた?


ゼンシが何も言わず笑っているのが、妙に気にかかった。


スパイが情報を教えるのなら納得する。

なぜ、キヨがシズル領の情報を入手しているのだろうか。


「ゴロク、明日の早朝にここを発つ。争いの準備を始めろ」

ゼンシが指示をした。


「明日の早朝に・・・どこへ行くのでしょうか」

ゴロクがオズオズと質問をした。


「シズル領の兵達を潰す」

ゼンシの答えは短かった。


「迎え撃ちですか?」

ビルが質問をした。


「そうだ。先にシズル領を滅ぼす」

青く美しいゼンシの瞳から強い光が放っていた。

朝の光が、残酷な報せを照らす。

シリは叫び、グユウは祈り、オーエンは沈黙した。

救いたい者を救えぬまま、

三人の“祈るしかない朝”が訪れる。



明日の17時20分 助けたい…助けられない

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